はじめに
2021年10月、イギリスで開催されたCOP26で、ベトナム政府は2050年の温室効果ガス排出実質ゼロ(カーボンニュートラル達成)を表明した。
この記事ではベトナム政府のカーボンニュートラル達成に向けた取り組みを整理し、日本企業がベトナム市場での事業展開の一助になることを目的に基本情報から解説する。
カーボンニュートラルをめぐる背景
ベトナム政府はカーボンニュートラル(ゼロカーボン)達成に向けた取り組みに注力しているが、ベトナムは人口増・都市化・工業化によって、温室効果ガス(GHG)の排出量が年々増加している。
その一方で、ベトナムでは政府による再生可能エネルギーの開発推進や、企業によるリサイクル活動等が活発に行われており、最新の技術・制度の導入が進んでいる。
ベトナムにおける温室効果ガス・CO2の排出状況
本章では、ベトナムの現状での温室効果ガス・CO2の排出状況を解説する。
ベトナムの温室効果ガスの排出量
ベトナムの温室効果ガス(GHG)排出量は、1年間で3億7,900万トンである。(2018年の実績。2021年にGlobal Carbon Projecが公表したデータによる)ベトナム国内で排出される温室効果ガスの排出量は、2000年以来18年間で2.4倍に増加している。
ベトナムは東南アジア全体の温室効果ガス総排出量の約15%、世界全体の0.8%を排出している。
近年、ベトナムでは経済発展に伴って都市化・工業化が進行しており、排出される温室効果ガスの量も急速に増加している。
ベトナムの年間CO2排出量の推移
ベトナムのCO2(二酸化炭素)排出量は493百万トン(2020年)である。そのうち、生産ベースのCO2排出量は260百万トン、消費ベースのCO2排出量は233百万トンである。
まず、生産ベースCO2排出量と消費ベースのCO2排出量を区別して解説する。
生産ベースのCO2排出量
生産ベースのCO2排出量とは、ガソリンや電気などの「使用量(活動量)」に「排出係数」をかけ算して求める手法である。「CO2排出が実際に起こった国」で排出量をカウントする方式。
消費ベースのCO2排出量
消費ベースのCO2排出量とは、製品が生産された際に排出されたCO2を、「その製品が最終的に消費される国」の排出量としてカウントする方式である。
2017年以前は、ベトナムでの消費ベースCO2排出量は生産ベースCO2排出量を上回っていた。しかし2016年から、ベトナムの通貨である「ドン(VND)」の安定やベトナムの投資環境の改善、外国人投資家に対する優遇政策の策定など、外国人投資家にとって魅力的な条件が揃っていった。
その結果、2016年からベトナムの外国直接投資(FDI)が急速に増加して、日本企業を含み、多くの外資系企業はベトナムに工場を置くようになっていた。そして2018年には、生産ベースCO2排出量が消費ベースCO2排出量を上回ることとなった。
ベトナム政府のカーボンニュートラル動向
ベトナム政府は2050年までのカーボンニュートラル(ゼロカーボン)達成を、COP26で宣言している。
ベトナム政府はCOP26での誓約を実現するために「書簡No.30/TB-VPCP」を発行し、COP26の実現する運営委員会も創造した。「書簡No.30/TB-VPCP」では将来に向けて注力する必要がある、8つの重要な目標が明言されている。詳しくは以下の通りである。
- 化石エネルギーからクリーンエネルギーへの切り替え
- 温室効果ガスの排出を削減
- 農業生産と廃棄物処理におけるメタン排出量の削減
- 電気自動車の研究開発と使用の奨励
- 炭素を吸収するための新しい植林を促進しながら、既存の森林地域の持続可能な管理と利用
- クリーンで持続可能な開発に適した都市を建設し、建築材料の研究・製造、使用を実施
- 国民全体と経済界が団結して政府に同行するように、宣伝活動を促進
- 気候変動に対応するためのデジタルトランスフォーメーションの加速
ベトナムは環境保護と二酸化炭素排出に関する国際的な公約達成に向け、カーボンプライシングの整備を迅速かつ積極的に進めていくと考えられる。
主な理由として、ベトナム経済が外国に対して非常に開放的であることが挙げられる。2021年のベトナムの総輸出入金額は6700億米ドルに達し、そのうちの約7割はFDIセクター(直接投資本の企業や事業活動)に由来するものである。
2021年の2,762億ドルのGDPと比較すると総輸出入金額はGDPの2.4倍であり、ベトナム経済はシンガポールと香港に次いで、東南アジア及び東アジアでトップクラスに開放的であると言える。
しかし言い換えればベトナム経済はやや海外市場に依存しがちであるため、ベトナム政府はできるだけ国際的な圧力及び反発、貿易規制を避けるようにする方針がある。そのため、ベトナムは「パリ協定」や「COP26」などで発表したカーボンニュートラル達成目標をしっかりと実現しようとすると考えられる。
ベトナムでの温室効果ガスの削減に関する過去の取り組み
パリ協定の後、ベトナム政府は温室効果ガスを削減するため、1つの中央議定、3つの中央政治部の結論・指導、40の議定、13の決定、240の通知を発行した。
ただし、国際基準により沿った目標やメカニズムが設定されたのは、2015年に発表されたINDC(または2015年のNDC)と2020年のNDC(改定NDC)である。そのため、以下にINDCと改定NDCを中心に解説していく。
INDC(国が決定する貢献:約束草案)
Intended Nationally Determined Contribution(以下:INDC)とは、2015年にパリで行われた「第21回気候変動枠組条約締約国会議」(COP21)に先立って各国が提出した、2020年以降の各国の温暖化対策に関する目標である。2030年の目標を出している国が多いが、2025年の目標を設定している国もある。ベトナムも2015年に、自国のINDCを提出した。
ベトナムが2015年に発表したINDCには、2つのポイントがある。
まず、温室効果ガス(GHG)排出削減には、特段の対策のない自然体ケース(Business as usual)(以下:BAU)よりもGHG排出削減に貢献するため、無条件の貢献と条件付きの貢献の2種類に分けられる。無条件の貢献とは、ベトナム国内の資源と技術で使って行われる取り組みである。一方、条件付の貢献は、国外から資金や技術などの支援を受ければ実施する取り組みである。
2つ目のポイントは、気候変動への適応が盛り込まれている点である。ベトナム政府は2021年から2030年の期間において、ベトナムの経済発展目標と合わせて制度、政策、財政、人材、技術の活用を見直すことを目標に定めている。
INDCの内容から、ベトナム政府は温室効果ガス排出削減に向けてエネルギー(輸送を含む)、農業(土地利用、林業の栽培方法を含む)、廃棄物処理、水資源に焦点を当てていることも判明した。
2030年までにベトナムは国内資源を活用して、BAUと比較して温室効果ガス(GHG)排出量を8%削減することを約束し、さらに国際的な支援を受ければ最大25%削減することができると発表した。同時に、ベトナムは気候変動への対応能力を高めるために多くの施策を実施し、温室効果ガス排出削減にさらに貢献するための仕組みを設計している。
ベトナムのNDC(国が決定する貢献:2020年)
2020年末、ベトナム政府は2015年に発表したINDCの改定(国が決定する貢献:NDCと呼ばれる)を実施し、温室効果ガス(GHG)の削減目標を上方修正した。2030年におけるBAU比の排出削減率 を9%にすると改めた。
NDCはベトナムだけではなく、世界各国が気候変動枠組条約(UNFCCC)へ提出する必要がある。ベトナムは今回のNDCを比較的早めに提出しており、世界20番目の国となった。
2020年の「NDC」は2015年のINDCと比べて、3つの大きな点が盛り込まれた。
温室効果ガス(GHG)排出量の管理・評価システムを強化
更新されたNDC(国が決定する貢献)には、主に以下の取り組みが追加された。
- 温室効果ガス(GHG)排出削減の実施により、社会経済発展に与える影響を評価する調査・評価システム構築
- 気候変動への適応、温室効果ガス排出の削減、持続可能な開発への貢献・影響に関する分析目標
- NDCの実施進捗状況の定期的な監視と評価を容易にするための指標を補足
- GHG排出削減活動の国家システムの構築。これには、GHG排出削減に関する測定報告および検証システム(MRV)、NDC実施のための気候変動適応活動を監視および評価するシステム(M&E)などがある
「産業プロセス」セクターを温室効果ガス(GHG)排出量の推測に追加
ベトナムのNDCには、BAUおよび温室効果ガス(GHG)排出に「産業プロセス(IP)」のセクターが追加されている。ベトナムのIPセクターの2014年総排出量は3,860万トンCO2であり、2014年の全国総排出量の12.0%を占めた。
ベトナム資源・環境省の予測によると、2030年までにIPセクターのGHG排出量は1億4,030万トンに達し、2030年のベトナム全国総排出量の14.4%を占めるという。
2つ目は、GHG排出量の測定基準年が2014年度になる。2015年のINDCのGHG排出量の測定基準年が2010年であったが、2020年の改定NDCでは、GHG排出量の測定基準年が2014年度になっている。2014年は、ベトナムがパリ協定に加盟した後、温室効果ガスの測定結果が最も更新されたものである。
基準年2014年の総GHG排出量は2億8,400万トンCO2であった。(現在の2015年のINDCで採択された基準年の2010年の総温室効果ガス排出量は2億4,680万トンCO2だった)
GHG排出量の推測にIPセクターの追加と基準年の変更があり、BAUでの予測排出量も増加する。 具体的には、2020年のCO2(二酸化炭素)の排出量は5億2,840万トン、2025年は7億2,620万トン、2030年は9億2,790万トンまで増加する。(2015年のINDCでのBAUは、2020年が4億7,410万トン、2030年が7億8,740万トン)であった。
気候変動への対策法を具体化
2020年のNDCは、気候変動への対策法を、以下の通りより具体的に定めた。
- 気候変動への適応のための国家資源管理を強化することにより、気候変動適応の有効性を改善
- ベトナムのあらゆる社会コミュニティ、産業、自然の生態系に、気候変動に対応できる持久力と適応能力を備える
- 災害の発生リスクの軽減と被害の軽減
- 自然災害や極端な気候に対応するための準備に注力
今後の具体的なロードマップ
ベトナムはCOP26での内容を達成するために、商工省が策定している第8次国家電力開発マスタープラン(PDP8)の見直しや、カーボンプライシング制度に関する法定や仕組みを構築することに取り組んでいる。
脱炭素に関する動き
ベトナムでは脱炭素(カーボンニュートラル/ゼロカーボン)に向けた先進的な取り組みも行われている。本章では、4つの取り組みを紹介する。
再生可能エネルギーの開発方針
ベトナム政府は今後、電源開発構成における石炭火力発電の割合を削減し、再生可能エネルギー(特に風力発電)の割合を増加させる方向を固めている。イギリスでのCOP26でカーボンニュートラルを達成すると発表した後、ベトナム政府は2021年11月10日に、第8次国家電力マスタープラン(PDP8)原案を再度見直すと発表した。
見直された詳細な内容はまだ公開されていないが、ベトナム政府は国の電源構成の約4割を占めている石炭火力の発電所新規建設と拡張を制限し、石炭火力のシェアを減少させる方針は明らかになっている。代わりに、再生可能エネルギー、特に風力発電と太陽光発電を中心的に開発する方針である。
しかし今日のベトナムでは太陽光発電の開発が過剰になっており、2021年までの開発目標の20倍にも達している。そのため、今後は太陽光発電の開発を制限すると予測されている。その代わりに、ベトナムの優れた風況を活かした風力発電、特に洋上風力発電はベトナム政府が今後最も注力する電源となる可能性が高い。
石炭火力発電の削減
先述の通り、第8次国家電力マスタープラン(以下、PDP8)では、新規の石炭火力発電所の開発を規制する方針が盛り込まれている。2030年までの基本シナリオにおける石炭火力発電所の総設備容量は40,700 GWであり、PDP7より約15,000MW削減されている。
PDP7で首相によって承認された石炭火力発電プロジェクトのほとんどは、商工省によって実行可能性の高い投資家を抱えており、PDP8でも引き続き展開していく。ハイフォン、クアンニン、ロンアン、バクリュウ(バクリエウ)などの地域で承認されなかった石炭火力発電プロジェクトは、比較的環境に優しいLNG火力発電プロジェクトに置き換えられる。
したがって、2030年までに石炭火力発電の割合は、基本シナリオでは約31%、高い目標のシナリオでは約28%にまで削減される。
カーボンプライシング
欧州地域と日本での導入が進んでいるカーボンプライシングは、ベトナムでも導入計画が進んでいる。ただし、ベトナムではカーボンプライシングの定義・仕組みに関する公文書や法律がまだないため、本レポートでは日本の環境省が発表した、日本国内のカーボンプライシングの定義について紹介する。
日本国内でのカーボンプライシングの具体的な手法・仕組みは、環境省の定義では4種類に分けられる。
- 炭素税
- 排出権取引
- クレジット取引
- 炭素国境調整措置
この4種類に加え、国際的なカーボンプライシングとして「国際機関による市場メカニズム」、企業内でのカーボンプライシングとして「インターナル・カーボンプライシング」の2種類もある。
本章では、国内における4種類を簡単に紹介する。
また、ベトナム政府は2025年に排出権取引を開始すると宣言しており、国際的に注目を集めている。
二国間クレジット制度(JCM)
二国間クレジット制度(JCM:Joint Crediting Mechanism)とは、日本の低炭素技術で、日本国外の温室効果ガス(特にCO2)の排出量削減を支援する仕組みである。
JCM(二か国間クレジット制度)は、日本がパートナー国でCO2削減に貢献するプロジェクトを実施し、その削減分を「クレジット」として両国で分け合う制度である。このクレジットは、国のCO2削減目標に活用される。
日本とベトナムの間ではJCMによるクレジット発行が複数実施されており、今後さらに協力体制を強化し促進される見通しである。
企業の動き
本章では、ベトナムのカーボンニュートラルに関連する企業の取り組みを2社分紹介する
事例①:LEGO(レゴ)
「レゴ」は世界的なブロック玩具メーカーである。
2021年、レゴはベトナム南部のビンズオン省に44ヘクタールの大規模なカーボンニュートラルの工場を建設すると発表した。
レゴのビンズオン工場は4,000人の雇用を創出できると予測され、同社のアジア太平洋地域市場の長期的な開拓に寄与するために、2024年から稼働する予定である。また、この工場は同社初のカーボンニュートラル工場となる。
レゴのビンズオン工場では、屋根にソーラーパネルを設置するなどし、工場の消費エネルギーの100%を再生可能エネルギーで賄う。
また、レゴはビンズオン工場の建設中に伐採された5万本の木を新しく再植するなどの、環境保護活動も積極的に実施している。
事例②:UNILEVER VIETNAM(ユニリーバベトナム)
Unilever Vietnam(ユニリーバベトナム)は、ベトナムにおける日用消費財メーカーの最大手である。同社はメーカーでありながら、ベトナムにおけるプラスチック廃棄物の収集とリサイクルのパイオニアである。
ユニリーバはベトナムだけでなく、世界中の同社現地法人が環境技術を応用して、グループの生産工場の廃棄物を木質ペレットの原材料に使用する。生産された木質ペレットはユニリーバの生産過程に使用されていた軽油に取って代わる。この改革により、ユニリーバは2020年から2021年前半までのわずか18か月間で、約350万トンのCO2(二酸化炭素)を削減した。
ユニリーバベトナムはハノイ市のURENCO 社・VIETCYCLE社と協力し、消費者が廃棄物を正しく分別できるように、ハノイ市内の公共施設や道路でプラスチック廃棄物の収集システムを構築している。また、市内のごみ収集業者は、収集場所で廃棄物を安全に正しく分別するように啓発・訓練されている。
廃棄物の分別段階では、リサイクル可能なプラスチックはユニリーバの包装生産のための原材料として分別され、リサイクルされる。一方、リサイクル不可能なプラスチックは燃料油に変換される。
まとめ
ベトナム政府はカーボンニュートラル達成に向けた活動に積極的に取り組んでいる。
2020年のNDC(国が決定する貢献)の早期提出は、ベトナム政府が気候変動に関する条約に従って、温室効果ガス(GHG)排出量を削減するために積極的に準備していることを示している。
ベトナム商工省の最新の動きとしては、策定中の「ベトナム第8次国家電力開発マスタープラン」(PDP8)において、石炭火力発電所の新規開発を規制して、代わりに再生可能エネルギー源、特に風力発電に焦点を当てる方針を固めている。
また、ベトナム副首相の直接指導の下、商工省・財務省及び資源環境省などと共同研究・策定しているカーボンプライシングなどの環境保護の促進に係る仕組みは、既にアウトラインまでは出来ている状況である。
特にカーボンプライシングについては、2025年に排出権取引市場を開始するという目標が発表されており、注目が集まっている。
ベトナム国内の企業も、レゴやユニリーバといった外資系企業を筆頭にカーボンニュートラルを推し進める活動をしている。
加えて、近年ベトナム国内でも環境汚染が大きな話題になり、現地メディアの報道によってベトナム人の関心が高まっている。特に大都市における大気汚染に関して、毎日観測されている「微小粒子状物質」(PM2.5)の指標に関心を持つ人が多い。
このベトナム国民の環境意識向上によって、ベトナムは国際的な協定に同意する前から環境保護政策を推進していた。
▼ベトナム再生可能エネルギー市場の市場調査、M&A、ビジネスマッチングの支援をご要望の方は以下からご連絡ください。
【関連記事】ベトナムのカーボンニュートラルついては、こちらの記事も合わせてご覧ください。
ベトナム市場の情報収集を支援します
ベトナム市場での情報収集にお困りの方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。
VietBizは日本企業の海外事業・ベトナム事業担当者向けに市場調査、現地パートナー探索、ビジネスマッチング、販路開拓、M&A・合弁支援サービスを提供しています。
ベトナム特化の経営コンサルティング会社、ONE-VALUE株式会社はベトナム事業に関するご相談を随時無料でこちらから受け付けております。