はじめに
ベトナムは2050年までのゼロカーボン(温室効果ガスの実質排出ゼロ)達成を目指して、再生可能エネルギーの開発に力を入れている国の一つである。2020年時点では、依然石炭火力が最も主要な発電方法ではあるが、再生可能エネルギーの割合は年々大きくなりつつある。
ベトナムはアジアでも有数の日射量や風況を有し、再生可能エネルギーが今後さらに発展していくポテンシャルを十分に秘めている。そんなベトナムで、新たに有望視されつつある再生可能エネルギーが「水素」である。
本レポートでは、ベトナムにおける水素エネルギーの有望性や今後の見通し等を考察していく。特に海外への進出を検討している日本のエネルギー会社や、関連する産業のビジネスパーソンにとって有益な情報を盛り込んでいる。
ベトナムで水素エネルギー(再生可能エネルギー)が有望な理由
本章では、ベトナムで水素エネルギーを含む再生可能エネルギーが有望な主な理由を、3つ解説する。
電力不足
ベトナム電力総公社(EVN)が実施した2022年から2025年までの電力需給の試算結果によると、この期間の電力供給確保は、国内における総発電電力量の約半分を占める石炭火力発電用の石炭価格高騰により調達が進まない点や、中南部を中心に新規に稼働した電源が送電容量の制約上、北部への電力供給が限定的である点など多くの困難に直面し、北部地域で電力不足が発生する可能性があるとしている。
現在、北部の電力消費需要は全国の5割近くを占めており、今後も全国平均より高い伸びを示すと予測されている。特に5月から7月の暑さがピークになる時期には、この地域の電力消費量が急増することが多い。
このような困難な状況に直面し、EVNは北部で再生可能エネルギーを発展させるための仕組みづくりを早急に提案している。
脱炭素化
近年、ベトナムでは、急速な経済成長に伴い、温室効果ガスの排出量が増加の一途をたどり、環境にも多くの悪影響を及ぼしている。
ベトナムで温室効果ガスを最も多く排出している産業分野は発電で、製造業、建設、運輸などが続く。温室効果ガスを削減し、2050年までにゼロエミッションを達成するために、ベトナムでは今後数年間、クリーンなエネルギー源の開発を奨励している。
政府による奨励
近年、ベトナム政府は、持続可能で環境に優しいエネルギーの開発を目指し、多くの政策や計画を打ち出していた。多くの利点を持つ水素エネルギーは、研究開発投資において優先されるエネルギー源の1つである。首相決定38/2020/QD-TTgによると、水素エネルギー技術を応用したプロジェクトは、ハイテク分野への投資に関する法律に基づき、投資優遇措置を受けることができる。
水素エネルギーとは?
水素エネルギーとは、水素(H2)から作られるエネルギーのことである。
水素は大気中においては量が少ないが、自然界では多くの場合、他元素などと結合した化合物として存在しているため、水やメタン(CH4)を含む炭化水素系化合物などから作られるものである。 したがって、水素エネルギーをつくるには、まず自然界に存在する水素化合物から水素をつくる必要がある。そして、その水素を燃焼させ、その燃焼が熱エネルギーとして活用され、副産物は水だけである
つまり、水素エネルギーは副産物が水だけで、温室効果の主な原因である二酸化炭素(CO2)を基本的には発生させない、環境に優しいエネルギーなのである。
水素エネルギーのメリット
ここでは水素エネルギーのメリットを一覧して解説していく。
CO2を排出しないクリーンなエネルギー
風力、水力、太陽光発電など、再生可能エネルギーだけで水素を製造すれば、水素エネルギー製造の全工程で、CO2や有害廃棄物を基本的には排出しない。これは、世界の2050年カーボンニュートラルの計画の実現に貢献するものである。
再生可能エネルギー
水素は、枯渇が進む化石燃料を効果的に代替できる再生可能エネルギーと考えられている。水素は水のように自然界に存在する水素化合物から調達することができ、熱エネルギーを発生させる燃焼に再生可能エネルギーを利用することが可能である。
高効率性
水素を動力源として自動車を駆動させる場合、水素を内燃機関(エンジン)で燃焼させる方式と、水素を利用した燃料電池で発電し、電動機(モーター)を駆動させる方式の2種類がある。
燃料電池方式は燃料電池内の酸素と水素を電気的に反応させて、電動機を駆動させる電気と排出物である水を発生させるため、燃焼を必要とする内燃機関方式に比べて安全性が高い。また、ガソリン内燃機関の自動車に対し、燃料電池車のエネルギー効率は2倍ほどと考えられており、多くの経済効果が期待されている。
貯蔵性
水素エネルギーは天然ガス(LNG)の輸送インフラで貯蔵・輸送できるため、利用が便利になり、長期間の貯蔵も可能である。
水素の製造方法
ここでは水素の製造方法を紹介していく。
- 炭化水素燃料の熱化学的方法
天然ガス、石油、石炭、バイオマスなどの熱化学燃料を利用する方法である。現在、世界では水素の約9割がこの方法で製造されている。この方法は以下の3つに細分化される:
- 天然ガスによる水蒸気改質(Natural gas steam reforming)
これは、メタン(CH4)を中心とした天然ガスから水素を分離できる(CH4+2H2O→CO2+4H2)、現在では一般的で経済的な水素の工業的製造方法である。しかし、この方法はまだCO2を発生させるため、発電には適用されず、主に化学、肥料、石油化学などの分野で使用されている。
- 重質炭化水素によるガス化(Gasification heavy hydrocarbon)
石油や石炭などの重質炭化水素は、酸素がない状態で約1,400℃の温度でガス化され、H2とCOが生成される。COガスは水蒸気や触媒と反応し続け、CO2とH2に変換される。この方法は、石油化学工業の既存のインフラや設備を活用できるため、かなり普及している。しかし、この方法でも環境に有害なCO2は発生する。また、燃料が徐々に枯渇していくため、持続可能な方法とは言えない。
- バイオマスによるガス化・熱分解 (Biomass gasification and pyrolysis)
この方法は、バイオマスを高温ガス化プロセスでガス状にして蒸気を発生させ、その蒸気を凝縮して熱化学的に水素を生産するものである。
この方法の原料は、農林業残渣(わら、トウモロコシの穂軸、乾燥葉、木材チップなど)、廃棄物、埋立地や廃水処理場からのメタンなどのバイオマス資源で、非常に種類が多い。この水素製造方法は、再生可能で持続可能な、環境に優しいエネルギー製造方法と考えられている。
- 水の電気分解の方法
電流を使って水を水素と酸素に分解する方法はCO2を全く排出しないため「環境にやさしい」方法とされているが、コストがかなりかかる。現在、電気分解の技術としては、以下の3つが一般的である:
- 従来の電解:水やアルカリ水溶液を電解質として行うもの
- 高温水蒸気電解(800〜1000℃):電解工程に必要な熱の一部を投入し、電力消費量を削減する。供給する熱は、主に太陽エネルギーや他の産業エネルギープロセスからの余剰熱を利用する。
- 再生可能エネルギーの電力による水の電気分解:太陽光発電、風力発電、水力発電などの再生可能エネルギーを電気分解の工程に組み込んで使用する。この技術は非常に高いコストを必要とするが、環境にやさしく、持続可能であり、将来の水素エネルギーの開発トレンドであると考えられている。再生可能エネルギーから製造される水素は、「グリーン水素」とも呼ばれている。
ベトナム政府の方針
ベトナム政府は長年にわたり、持続可能で環境に優しい経済の発展において、特に水素エネルギーと再生可能エネルギー全般の利点と役割を認識してきた。このことは、以下のような方向性とコミットメントに反映されている:
- 2020年、政府は決議第55号-NQ/TWと決議第140号/NQ-CPにより、再生可能エネルギーの開発と環境保護を長期的な目標として掲げていた:
(i)一次エネルギー供給全体に占める再生可能エネルギーの割合は、2030年には約15〜20%、2045年には約25〜30%に達する。
(ii) エネルギー活動による温室効果ガス排出量を2030年までに15%、2045年までに20%に削減する。
また、この2つの決議では、水素がクリーンで再生可能なエネルギー源であり、長期的な発展が見込まれることから、ベトナムが注目すべきエネルギー源であることも述べられている。
具体的には、このエネルギー源の開発戦略として、「水素エネルギー生産のための技術研究、パイロットプロジェクトの開発、水素エネルギーの利用を促進すること」である。
- 2020年7月24日、首相はCOP21に基づくベトナムの国が決定する貢献(NDC)を見直した。2030年までに温室効果ガス(GHG)排出量を国内資源で9%、国際支援で27%削減する目標を掲げていた。
- 首相は、2020年12月30日の決定第38号/2020/QD-TTgで、「水素エネルギー技術」を開発投資の優先順位が高い先端技術リストに規定している。
水素エネルギー技術には、グリーン水素製造技術、水素輸送・貯蔵技術、水素利用技術などが含まれ、水素エネルギー技術を応用したプロジェクトは、ハイテク分野への投資に関する法律に基づき、投資優遇措置を受けることができる。
ベトナム政府は、水素エネルギー開発への関心を示すべく、早期のアクションを起こしたことがわかる。しかし、ベトナムでの水素エネルギー開発を早期に実現するためには、政府や各省庁が以下のような抜本的かつ具体的なアクションを起こす必要がある:
- 具体的な開発ロードマップ、戦略、方向性を策定する。
- 水素に関する研究プログラムの実施。
- エネルギー分野における水素開発活動を管理するための法的枠組みを作る。
- 水素の共通利用に向けたLNGの貯蔵・輸送インフラおよび送電網の開発。
- グリーン水素に関する国民の意識をさらに高める。
- 再生可能エネルギー分野の人材育成と開発。
ベトナムにおけるCO2排出の状況
*CO2e (Carbon dioxide equivalent):二酸化炭素換算の数値
*2010年、2014年、2016年のタイムラインは、ベトナムが国家温室効果ガスインベントリを実施した直近の年であることから選択した。2010年、2014年の数値は、再計算された結果である。
2010年から2016年の間に、ベトナムのGHG排出量は2億6420万トンCO2eから3億1670万トンCO2eへと1.2倍に増加した。
ベトナムの温室効果ガス総排出量は、2020年には4億6,600万トンCO2e、2030年には7億6,050万トンCO2eに増加すると予測されている。
主な排出源
排出源については、ベトナムは4つの分野で温室効果ガスインベントリーを実施していた。4つの分野は発電工業プロセスおよび製品使用(IPPU)、農林業およびその他の土地使用(AFOLU)、廃棄物である。
2016年のGHG排出量は、エネルギー分野の排出量が65%と最も多く、次いでIPPU分野の14.6%となっている。AFOLU分野の排出量は13.9%で3番目に大きなシェアを占め、最も小さいのは6.5%の廃棄物分野である。
エネルギー
2016年のエネルギー分野の温室効果ガス排出量は2億580万トンCO2eで、総排出量の65%を占め、2010年と比較して35.5%増加した。
この分野の温室効果ガスは、主に燃料の燃焼から排出される(約90%を占める)。その中で、エネルギー産業の排出量が最も多く、9100万トンのCO2eを排出し、エネルギー分野全体の排出量の44.2%を占めている。
工業プロセスおよび製品使用(IPPU)
2016年のIPPU分野の温室効果ガス排出総量は4610万トンCO2eで、2010年と比較して約2倍に増加した。IPPU分野の主な工業生産サブ分野は、(1)鉱工業、(2 )化学工業、(3)冶金、(4)オゾン層破壊物質の代替物質使用などである。鉱工業は最も多く温室効果ガスを排出する産業であり、4090万トンのCO2eに達し、IPPU分野の総排出量の約90%を占めている。鉱工業の中でも、セメント生産は、エネルギー消費量と熱源消費量が多いため、温室効果ガス排出量が最も多い産業である(3,680万トンCO2e)。
農林業その他土地利用 (AFOLU)
2016年のAFOLU分野の温室効果ガス総排出量は4410万トンCO2eで、2010年と比較して、35.9%減少した。このうち、林地が-5460万トンCO2eと最も多く吸収し、稲作が4970万トンCO2eと最も多く排出している。稲作における排出の主な原因は、以下の3つである:
- N2Oの排出を招く。
- CH4の排出を招く。
- CO2が排出される。
廃棄物
2016年の廃棄物分野の温室効果ガス総排出量は2070万トンCO2eである。この分野の温室効果ガス排出量は主に以下の通りであり:(1)固形廃棄物埋立による排出、(2)生物学的手法による固形廃棄物処理による排出、(3)廃棄物焼却による排出、(4)廃水処理・排出による排出。このうち、固形廃棄物埋立による排出量が最も多く、1040万トンCO2eで50.3%を占め、次いで廃水処理・排出による排出量が890万トンCO2eで43%を占めた。
一般に、ベトナムの温室効果ガス排出量は、世界の排出量と比較すると約0.5%に過ぎないが、急速に増加する傾向にある。排出量が多くて近年増加し続けている活動としては、エネルギー生産、製造業、建設、運輸業、セメント生産、固形廃棄物埋立が挙げられる。エネルギー生産、IPPU、廃棄物が温室効果ガス排出量の増加を維持する分野であるとすれば、ALOFUは唯一減少している分野である。これは、過年度に実施された効果的な森林保護・植林プログラムの結果である。
解決のための政府方針
増え続ける温室効果ガスの状況に直面し、政府やその他の機関は、以下のような温室効果ガス排出削減のための多くの政策やガイドラインを発表していた:
- 2030年までの再生可能エネルギー開発戦略、2050年までのビジョン」を公布。その中で、太陽光発電、風力発電、バイオマス発電、固形廃棄物発電などのクリーンで再生可能なエネルギー源の開発促進が強調されていた。
- 2016年~2020年の気候変動対応行動計画を発表。
- 2025 年までの国家統合固形廃棄物管理 戦略と 2050 年に向けたビジョン」を承認
ベトナムにおける水素エネルギー開発の事例
本章では、ベトナムにおける水素エネルギー開発の事例を紹介していく。
水素生産の事例
チャビン省におけるグリーン水素製造プラントプロジェクト(建設中)
The Green Solutions社が投資するこのプロジェクトは、2022年1月中旬にチャビン省で建設を着工した。このプラントは、年間24,000トンの水素の生産能力を持つ。副産物として、窒素肥料の生産に原料として投入されるアンモニアや、医療用の酸素が生産される。プロジェクトの総投資額は約8兆VND(3億米ドル相当)である。
水素エネルギー活用の事例
熱帯モンスーン気候に位置し、3,000km以上に及ぶ海岸線を持つベトナムは、洋上風力発電の開発にとって好条件を備えている。ベトナム電力公社(EVN)の報告によると、2021年10月末時点で、ベトナムでは現在35の洋上風力発電プロジェクトが研究・展開されており、総発電容量は最大60GWに達すると予想されている。
しかし、海から陸までの送電システムを構築するには、多額の資金と複雑な技術が必要であるのため、ベトナムでの洋上風力発電の開発には大きな障害となっている。送電システムがないため、発電した電気は国の送電網に乗せられず、無駄な電力となってしまうのである。
そこで、洋上風力発電と水素製造を組み合わせたモデルが提案されている。具体的には、風力発電装置で発電した電力の一部を海上の水素電解プラントへ供給し、水素ガスをガスまたは液化容器に貯蔵し、空路または海路で陸上へ輸送する。製造後の水素ガスは、発電、工業、運輸、肥料製造、化学といった用途に使われる。このように、洋上風力発電プロジェクトとグリーン水素製造の組み合わせは、国内の送電網システムの投資負担を軽減するだけでなく、余剰電力の問題を解決し、再生可能で環境に優しい燃料源を作り出すことができる。
このモデルの可能性に注目し、いくつか研究・開発協力活動が行われていた:
- PECC2社による洋上風力発電と水素製造合わせるモデルに関する研究
2021年半ば、Power Construction Consulting Joint Stock Company 2 (PECC2) は、「ベトナムの条件下で電気分解により水素を生産する洋上風力発電のモデルに関する研究-容量150MWの典型プロジェクトの計算」をテーマに研究を行い、2022年初めに完了する予定である。
- ベトナムの洋上風力発電による水素製造の研究協力
2021年3月末、GIGON Consulting and Technology Solutions Group(ドイツ)とベトナム石油研究所(VPI)は、ベトナムの洋上風力発電から水素を製造する新技術を用いたパイロットプロジェクトの研究協力に関する覚書を締結した。
- 洋上風力発電を利用した海水電解による水素製造プロジェクト(提案中)
2021年末、Enterprize Energy Group(英国-シンガポール)と欧州の投資家が、タンロン風力発電2投資プロジェクト(TLW2)の実施について政府に提案した。これは、タンロン洋上風力発電プロジェクト(ビントゥアン省)の洋上風力を利用して、海水の電気分解により水素を製造するプロジェクトである。プロジェクト規模は2,000MW、総投資額は約50億米ドルを予定している。実施時期は2022年から2030年を予定している。
まとめ・今後の見通し
以上の情報から、水素は枯渇しつつある化石燃料に代わる再生可能エネルギーであり、世界的に懸念されている温室効果ガス排出の問題解決に貢献できることが分かる。
ベトナムでも、太陽光エネルギー、風力エネルギー、バイオマスエネルギーなど、既存の再生可能エネルギーを維持する以外に、水素エネルギーの開発が潜在的な解決策と考えられている。しかし、資本や科学技術力の限界から、このエネルギーへのアクセスはまだ多くの課題を抱えている。政府もこの分野に対していくつかの方向性を示しているが、まだ一般的なものであり、詳細なロードマップや戦略として具体化されているわけではない。過去2年間、水素製造、特に水素製造と洋上風力発電を組み合わせたモデルに関するいくつかの研究活動やプロジェクト、が提案・実施されてきた。このような活動やプロジェクトの数は少ないが、ベトナムにおける水素エネルギー開発の重要な前提であり、世界のクリーンエネルギー開発に素早く追いつくための重要な最初のステップとなっている。
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