はじめに
ベトナムでは伝統医学は西洋医学と並び根付いており、伝統医学で使用される漢方薬は市民の生活に浸透している。漢方薬は病院で処方箋として提供されている他、家族経営の漢方薬販店やドラッグストアなど市場に広く流通しており、子供から年配まで幅広く利用されている。ベトナムでは、もともとは中国からの伝統医療「未病予防」の影響が大きく、病気になって信用ができない町の病院に行くよりも、未然に病気を予防しようという考え方が根付いているとも言われている。
ベトナムの漢方薬は、「北薬」(thuốc bắc) と「南薬」(thuốc nam)の2種類に分けられる。ベトナムは中国の隣国として、歴史的に中国の影響を強く受けており、「北薬」は中国由来の伝統医学で中国産の生薬を使用することが多い。一方、「南薬」は、ベトナムで独自に発展してきたベトナム由来の伝統医学で、ベトナム産の生薬を使用することが多い。本レポートでは両方を漢方薬として扱う。
ベトナムの漢方薬業界が直面する課題
以下は、ベトナムで伝統医学を治療に取り入れている病院、診療所の数、割合である。ベトナムの行政区画は5市58省であるが、市・省の多くに公立伝統医学病院や省総合病院があり、ほとんどのコミューン(村レベルの行政単位)にはコミューン診療所が設置されている。これら全国の病院・診療所で漢方薬が使用されている。
このように漢方薬はベトナムで広く使用されている一方で、原料となる薬草の約8割は、海外、主には中国から輸入されている。そのためベトナム政府は、薬草の輸入量を減らし、自前で調達できるよう、国内栽培を奨励している。例えば、政府が2021年に承認した「2021年~2030年までの少数民族及び山岳地帯における社会経済発展のための国家目標プログラム」では、フェーズ1の2021年~2025年において、薬用栽培の投資を優先的に支援することを明記している。特に漢方薬の原料となる薬用食物の多くは、経済的に貧しい少数民族が住む山岳地帯に生育しており、これらの薬用栽培が山岳地帯に住む少数民族の貧困削減に寄与することが期待されている。薬用材料研究所 (2016年)の調査によると、ベトナムには最大 5,117 種の薬用植物があり、これらを技術産業として発展させための潜在性はあるという。ただし、実際は中国産の原料が安いことから、中国産の原料が未だに広く流通している。また、ベトナムで原料を加工し高品質の漢方薬を作るには、製造技術の問題がある。
高品質の漢方薬への高まる需要
ベトナムで漢方薬が広く普及し、市場に流通している主な理由として、他の薬の価格と比べその安さがあげられる反面、質は高くない。しかし近年は、ベトナムの経済発展に伴う中間層の拡大により、価格は高くても高品質な漢方薬への需要が高まっている。また、高品質な漢方薬は、お祝い事や誕生日、親族訪問時などのお土産用としても購入されている。これらのお土産用として嗜好される漢方薬はパッケージのデザインにも拘り、高級感を演出している。近年では、観光客をターゲットとし、漢方薬を販売する試みも出始めている。2017年には、ホーチミン市人民委員会と同市観光局が、同市5区で漢方薬販売店が密集しているエリアに観光客を誘致する方針を立てたが、漢方薬の質を向上させ適切な商品管理をしていくことが課題となっている。ハノイでも観光客が多い旧市街に漢方薬販売店が密集しているエリアがあり、お土産として漢方薬を購入する観光客を見かける。
まとめ
以上、ベトナムでは漢方薬は市民の生活に根付いており市場としては大きいが、所得が向上し、高品質の漢方薬を求めるベトナム人の需要を満たしているとは言えない。漢方薬の原料となる薬用食物の栽培、加工技術に課題を抱えており、これらの課題の解決に資する日本企業や、高品質の漢方薬をベトナム市場に提供できる日本企業にとっては参入のチャンスかもしれない。