はじめに
ベトナムでは人口増・所得増・工業化によって、消費者のライフスタイルが急激に変わりつつある。特に日用消費財(FMCG)や食品などの市場が大きく伸びている。これに伴って、その日用消費財や食品に使用されるプラスチック・包装の市場も伸びていくと考えられる。
また、ベトナムでは消費者の意識も変化しつつある。コロナ禍の影響もあり、ベトナム人の中には清潔に包装された生鮮食品や加工食品を好む人が増加している。買い物をする場所も同様で、伝統的な市場から現代的なスーパーマーケットやコンビニエンスストアがシェアを獲得しつつある。
加えて、都市化や工業化によって、建設用プラスチックとエンジニアリングプラスチックの市場も同様に成長していくと予想される。
したがって、ベトナムでは単純な人口増分以上に、プラスチックの消費量がより加速度的に増加すると考えられる。
本レポートでは、ベトナムのプラスチック市場について、概要、歴史、市場動向や主要企業を解説する。市場動向では、プラスチックの種類別の外観やサプライチェーン、市場の課題についても考察する。
プラスチック市場の概要
ベトナム商工省による分類では、プラスチック製品は「包装用」、「建設用」、「日用消費用」、「エンジニアリング用」に分類される。
包装用 | レジ袋、シャンプー・洗剤等のボトル、飲料用PETボトルなど |
建設用 | パイプ、タンクなど |
日用消費用 | 椅子、テーブル、食器、玩具など |
エンジニアリング用 | エンジニアリング用:自動車用部品、医療用製品など |
2020年のプラスチック市場規模は、約200億ドルで、分野別には「包装用」が市場全体の33%を占め、約66億ドルとなっている。建設用プラスチックが約48億ドル(24%)、日用消費用プラスチックが約44億ドル(22%)、エンジニアリング用が約42億ドル(21%)の構成となっている。
国内プラスチックメーカー数が約2,000社と言われる市場環境において、エンジニアリングプラスチックメーカー数は市場全体の約15%だが、市場規模(総売上高)のうち21%を占めており、付加価値がより高い分野へのシフトが見られる。
ベトナムプラスチック市場の歴史
本章では、ベトナムにおけるプラスチック産業の変遷について時系列順に解説する。
1960年~1990年
1960年~1990年の期間は、ベトナムのプラスチック産業の黎明期である。
1959年には、中国が支援するPVC(ポリ塩化ビニル)製造ラインがベトナム・フート省のベトチ化学工場に設置された。このラインで製造されるPVCプラスチック材料は、殆どがベトナム戦争で使用されていた。しかし、ベトチ化学工場のこのPVC製造ラインは、1976年に技術の遅れや設備の大きな損傷を理由に、ベトナム政府によって稼働停止となった。
1990年~2007年
1990年~2007年の期間はベトナムプラスチック産業の急激な成長期であり、平均生産量は約13.5%増加していた。
この時期には、ベトナム政府がドイモイ政策を施行したことによって、多くの外資系企業がベトナムに参入し始めた。外資系企業の参入により、プラスチック材料の国内生産能力が大幅に向上した。例えば、大手石油化学合弁会社であるTPC Vina社(Thailand Plastics and Chemicals JSC とベトナム化学公社Vinachemの合弁会社)、バリア・ブンタウ省にあるフーミー化学・プラスチック工場(マレーシア大手Petronas Malaysia社とバリア・ブンタオ省の政府の共同出資)等大規模な工場が建設された。
2007年~現在
ベトナムが2007年にWTOに加盟してから、国の経済全体が大きく発展した。プラスチック産業も急成長し、包装用プラスチック、建設用プラスチック、一般消費用プラスチック、エンジニアリング用プラスチックの分類がなされ、製品の多様化が発生した。また、外国から多くの直接投資資本(FDI)がベトナムに流入したこともあり、ベトナムでは製造業が大きく発展した。これに伴って、ベトナムでは特にプラスチック包装が大きく発展した。
ベトナムプラスチック市場の動向
ベトナムのプラスチック産業は、内需だけではなく、国の輸出拡大にも大きく寄与している。ベトナム商工省輸出入局の統計では、2021年プラスチック製品輸出高は約50億ドルとなり、前年比約35%の増加となった。この輸出高は、他の輸出分野と比較しても非常に大きく成長している。また、プラスチック材料輸出高も好調で、前年比68%増の23億ドルとなり、製品と材料を合わせたプラスチック産業全体において、72億ドルの輸出高を計上した。
輸出先としては米国が最大で、プラスチック製品輸出高全体の38%を占める約19億ドル、日本は全体の14%を占める約7億ドル、その後ASEANへの6億ドル、EUへの6億ドルと続く。
2016年から2021年までの市場平均成長率は約17%で、2022年時点で今後も当面は二桁成長が続くものと見込まれている。
また、2022年以降は各自由貿易協定により、プラスチック産業に追い風になる可能性があり、好調な事業環境に関心を持ったタイ、韓国、日本などからのM&A案件も出ており、将来的には100億ドルの輸出規模に成長することが期待されている。
プラスチックの原料供給と消費需要
産油国ではない日本などと同様に、ベトナムのプラスチック産業においても使われる材料の85〜90%が海外からの輸入品である。 一方、ベトナムでの原材料価格は常に製品の生産コストのうち75〜80%を占めるため、原材料獲得を主導できないことは、ベトナムのプラスチック企業にとっても大きな課題である。
ポリエチレン(PE)
ベトナムプラスチック産業におけるPE原料は、2021年までほとんど全てを輸入に依存していた。S&Pグローバルプラッツの予測によると、ベトナムのPE需要は2022年に160万トンに達すると予測されており、平均成長率は約5.2%となる。PE国内需要はまだ比較的安定した速度で成長しているが、現時点でベトナムのプラスチック産業のPE生産は非常に小規模で、ほとんどゼロである。
ベトナム国内におけるPE生産は、国内プラスチックメーカーの80%が集積する南部のバリア=ブンタウ省で進行している。2018年からタイ王室系財閥であるサイアムセメントグループが「ロンソン石油化学プロジェクト」を進めており、2023年の操業を予定している。操業を開始した場合のPE生産能力は年間100万トンと計画されているため、約70%の需要を国内でカバーすることが期待されている。
2021年初頭に稼働し始めたロンソン石油化学プロジェクト第1フェーズ(バリア・ブンタウ省)は、ベトナム国内のPE需要の約60%を満たせると予測されている。
ポリプロピレン(PP)
PP国内需要は2022年に185万トンになると予想され、2018年から2022年の期間は平均6.1%で成長する。2017年から2019年の期間に、ベトナムのPP生産能力は、2018年のギソン石油化学プロジェクト(タインホア省)、Binh Son精油などの操業により、拡大している。
ベトナムでは、2023年操業開始のロンソン石油化学プロジェクトと2020年操業開始のHyosung石油化学プロジェクトの2つの大規模な石油化学プロジェクトが稼働することより、それぞれ46万トン/年と60万トン/年のPPを生産している。これら2つのプロジェクトは、ベトナムのプラスチック産業のPP生産能力を以前の約3倍に増やし、PP国内需要をほぼ国内で供給できる体制に向けて進んでいる。
ポリ塩化ビニル(PVC)
近年、ベトナム国内のPVC生産能力は改善されていないが、PVC需要は伸び続けている。ベトナムの都市化と建設需要が着実に伸び続けている中で、建設用プラスチックのPVC原材料の需要は、2018年から2022年の期間に年平均11.1%、2022年には約120万トンの成長が見込まれる。
一方、この時期でのベトナムのポリ塩化ビニル生産は、TPC VinaとAGC Chemicals Vietnamの2社のみでほぼ変わらず、総生産能力は約39万トン/年である。VPAの統計によると、2021年までのPVCの国内需要の66%は輸入に依存している。
プラスチック市場のサプライチェーン
ベトナムのプラスチック産業のサプライチェーンは日本と大きな違いは無い。まず、「川上」と「川下」の2つに分けられる。
プラスチック産業の川上には、石油化学企業(原油の精製工場)が位置する。これらの企業は原油の精製、ナフサの熱分解を行い、樹脂ペレット等の成形材料を製造する。プラスチック産業の川下は製品メーカーであり、成形材料をプラスチック製品に成形する工程を担う。
ベトナムプラスチック産業の課題
本章では、ベトナムプラスチック産業、特にプラスチック包装の生産における2つの課題を取り上げる。
原材料を輸入に依存
ベトナムプラスチック産業における最大の課題は、プラスチック製品製造のための原材料の大半が海外からの輸入品ということである。
川上の企業が十分な量を生産していないだけでなく、製品の種類も川下のニーズを満たすほど多様化されていない。現在のベトナムでは、川上のプラスチック企業は、PVC、PP、PET、PSの4種類の成形材料しか生産できない。そのうち、生産量が最も多いPVCでも、プラスチック製品の国内生産キャパシティの51%にしか対応できない。
川下のプラスチック企業は毎年最大で30種類以上のプラスチック成形材料を使用しており、その調達を殆ど輸入に依存している。
プラスチック包装の製造においてPEは特に重要な材料であるが、川上のベトナムプラスチック産業は十分な生産能力を有していない。
ベトナムにとって最大のプラスチック原材料の輸入先は韓国である。その次には、台湾、サウジアラビア、中国、タイ、日本である。ベトナムのプラスチック材料の輸入は、輸送費を抑えるために、主に韓国、中国、日本など近隣の東アジア諸国から輸入されている。ただし、ベトナムはサウジアラビアからの原材料も多く輸入している。サウジアラビアは原油を多く有しているだけでなくPE生産に秀でており、他国よりも価格面でアドバンテージがある。サウジアラビアはベトナムの輸入構造で最大の割合を占めるプラスチック材料であるPEの大部分を供給する。
ベトナム国内での原材料生産は南部に集中
ベトナム国内の石油化学プラント(原油の精製工場)は南部に集中している。
現在操業中の石油化学プラントは主に南部、特にバリア・ブンタウ省やドンナイ省などの東南部地域に集中している。中部地域にはビンソン石油化学プラント、北部にはギソン工場のそれぞれ1カ所しかない。地理的な距離と高額な輸送コストのために、北部のプラスチック企業がベトナム国産の原材料、特にPVC原材料を入手することは困難である。
ベトナムプラスチック包装市場の動向
本章では、ベトナムのプラスチック市場で最もシェアの高い分野である包装用プラスチックについて解説する。
市場規模
ベトナムレポート株式会社(Vietnam Report)の予測によると、2022年における食品部門のプラスチック包装セグメントの年間成長率は約15.2%であり、飲料用ボトルのプラスチック包装やプラスチックボトル等のセグメントは約13.1%になるとわかった。また、ベトナムにおける2022年のプラスチック包装市場の成長は、食品、飲料の成長に依存すると分析された。
同社の統計によると、プラスチック包装は市場規模の約4割を占めている。また、プラスチック包装市場の中で、食品包装は30〜50%、電化製品は5〜10%、医薬品は5〜10%を占めると推測された。平均15〜20%の急速な成長を続けるベトナムの食品産業は、包装産業の成長にとって最も重要な原動力である。
近年、ベトナムでは素材の進歩により、安全なソフトパッケージが新たなトレンドになっている。
プラスチック包装の流通
プラスチック包装企業のビジネスモデルは主にB2Bである。
ベトナムではプラスチック包装を、薄膜包装、複合フィルム包装、PETボトル、非PETボトルの4つの主要なグループに分ける。プラスチック包装企業の顧客は、主に食品・飲料の製造および加工企業、日用消費財(FMCG)企業やその他小売業である。
以下はプラスチック包装の各グループの代表的な顧客である。
食品製造・加工企業 (包装フィルムを購入) | Masan Consumer, AceCook, 味の素ベトナム, Orionベトナム, Micoem, Vifon |
飲料 (ペットボトル等を購入) | Coca Colaベトナム, Suntory Pepsico(サントリーの子会社), ネスレ・ベトナム, Tan Hiep Phat, Urcベトナム |
小売 (軟包装、ビニール袋等を購入) | BigC, Winmart, Circle K |
その他の製造企業 (PP織物包装、その他プラスチック包装を購入) | その他 |
プラスチック製品及びプラスチック包装の主要企業
本章では、ベトナムのプラスチック産業の中に、プラスチック包装や医薬品、日用品のプラスチックボトルの生産企業を中心に紹介する。
DUY TAN(ズーイ・トン)
社名 | DUY TAN PLASTICS MANUFACTURING CORPORATION |
設立年 | 1987 |
本社 | ホーチミン市 |
HP | https://www.duytan.com/ |
Duy Tan(ズーイ・トン)は、ベトナムを代表するプラスチック製造会社の1つであり、家庭用プラスチック製品・食品包装・化粧品および医薬品などの3つの主要な分野を注力している。
ズーイ・トン社は1987年に設立され、35年以上ベトナムで創業している老舗企業である。
国内のプラスチック業界のトップブランドとしての地位を維持するだけでなく、海外市場の開拓と拡大もズーイ・トン社の長期戦略に含まれる。
1997年以来、ズーイ・トン社はカンボジア、ミャンマーへの製品の輸出を始めた。現在、ズーイ・トンの製品は、米国、カナダ、スウェーデン、オーストラリア、モーリシャスなど、世界30か国以上で販売されている。
特に、2016年7月、ズーイ・トンは、米国カリフォルニア州の製造工場に投資した。これは、プリフォームとPET製品、あらゆる種類の医薬品包装の製造と供給を専門としている工場である。
ズーイ・トンは、ベトナムの日用品最大手の一つであるユニリーバの第一サプライヤーである。
2021年3月に、タイの包装製造大手であるSCG グループは、ズーイ・トンの発行済み株式の70%を取得して、ズーイ・トンを同グループの傘下にした。
DO THANH(ドタイン)
社名 | DO THANH TECHNOLOGY CORPORATION |
設立年 | 1994 |
本社 | ホーチミン |
HP | http://dothanhtech.com/ |
1994年に設立されたDo Thanh Industrial JSC(ドタイン社)は、元々ホーチミン市商工会の傘下にある国営企業であった。現在、ドタイン社は民営化され株式会社となり、ホーチミン市証券取引所に上場している。ドタイン社の主力製品はPETボトル、プラスチックチューブである。
同社のPETプラスチックボトルは、食品、製薬、飲料業界に供給している。ドタイン社は特にベトナム国内の製薬会社と関りが深い。国営企業・元国営企業同士の間で親密な取引関係がある。
Dai Dong Tien(ダイドンティエン)
社名 | Dai Dong Tien Corporation |
設立年 | 1983 |
本社 | ホーチミン |
HP | https://daidongtien.com.vn |
ダイドンティエン社は1983年に設立された、ベトナムのプラスチック業界の中で最も歴史のある企業の一つである。多くのベトナム人はダイドンティエンと聞けば、家庭用プラスチック製品などを思い浮かべる。しかし、近年になってから、ダイドンティエンは食品・飲料や医療・化粧品産業向け、プラスチックボトル、包装も製造し始めた。
ダイドンティエン社の強みは家庭用プラスチック製品である。ダイドンティエンのプラスチック製品は、ベトナムのほとんどの中所得層以上の家庭に見られる。
ダイドンティエンの強みはコスト削減にあると言える。ダイドンティエンの製品は他のブランドの製品よりも安価であり、同社は今後も価格面で優位性を維持していく方針もある。
ダイドンティエン社は、製品を東南アジア、中東、オーストラリア、ニュージーランド、ドイツ、英国、フランス、スイス、オランダ、カナダ、米国など、世界20か国以上に輸出している。その中では、オーストラリアが同社最大の輸出先国となっている。
さいごに
ベトナムのプラスチック産業及び国内サプライチェーンはまだ成熟していない。これまでベトナム企業はプラスチック原材料を殆ど海外から調達していた。
しかし、今後はベトナム人の所得増加と共に、プラスチック製品、特に飲料、医薬品や食品用のプラスチック包装、ペットボトルの消費ニーズは増加していくと見込まれる。
ベトナム国内の主要なプラスチック製品製造企業の殆どは、ベトナムの経済開放(1990年代)の前から創業していた。また、それらの企業の多くのは国営企業が前身であるため、同じく国営の医薬品会社にと親密な関係がある。
ベトナムのプラスチック製品及びプラスチック包装市場は、今後も成長し続ける活況な市場だと考えられる。近年、海外企業(特にタイ、フランス)がベトナムのプラスチック製品・プラスチック包装の製造企業を買収しようとする動きがある。
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