はじめに
ベトナムはこれまで安価な人件費を背景として、医薬品の製造拠点として注目を集めてきたが、最近では医薬品の消費市場としても有望視されている。人口増や経済発展による所得水準の向上だけでなく、非感染性疾患 (Non-Communicable Diseases, NCDs)に代表される生活習慣病の増加が大きな要因である。ベトナムにおける疾病構造は経済発展に伴い、大きく変化した。
日本の平均健康寿命は76歳だが、ベトナムは66.6歳である。ベトナム人が不自由なく健康に生きられる時間は、現状では日本人より10年短い。ベトナムの医療・医薬品の潜在的な成長性は非常に大きい。
このようなベトナムの医薬品業界の発展に取り組む日本企業の1つが、あすか製薬株式会社である。
あすか製薬は、2020年8月、ベトナムの製薬会社であるHa Tay Pharmaceutical Joint Stock Company(ハノイ市、ハタイ製薬”Hataphar”。本記事では以降「ハタイ製薬」と記載)と株式譲渡契約を締結し、株式の24.9%を取得している。
この度、ベトナム特化の経営コンサルティング会社が運営するベトナム経済・ビジネス情報サイトVietBiz(ベトビズ)は、あすか製薬株式会社、国際事業本部、国際事業部長兼ハタイ製薬取締役の大塩啓介氏とあすか製薬からハタイ製薬に出向中の舘林幸一郎氏にインタビューを行い、あすか製薬の最新の取り組みやベトナムでの協業事業での経験について詳しく語って頂いた。
ベトナムを市場参入先と意思決定できた決め手は何か?
ベトナムに限らず、東南アジアの医薬品市場は全体的に成長している、例えば、大規模に人口を擁するフィリピンやインドネシアの成長も目立つ。
ーベトナムを進出先として決めた理由は何だったのでしょうか?今後の成長性という観点であれば、ベトナム以外という選択肢もあったのではないかと思います。
大塩
生活習慣病の増加がベトナムでは著しく、新たな医療ニーズがあると考えました。他には政治的な安定性、比較的良好な治安、日本と同じ仏教国であること等を総合的に判断し、まずはベトナム企業をターゲットにしようという結論に至りました。
ーベトナムではどのような事業を展開していますか?日本国内で言えば、あすか製薬は婦人科疾患に注力していますが、ベトナムでの重点分野はありますか?
大塩
ベトナム事業では、ジェネリック医薬品が中心となります。『ベトナム及び東南アジアへ向けて国際レベルの医薬品を供給する』ことを一つの大きなコンセプトとして掲げ、東南アジア向けの医薬品製造を担うPIC/S-GMP基準の工場の建設、弊社製品の技術移管による製品ラインナップの拡充を現在両社で進めているところです。
Vietbizの調査結果では、ベトナムの医薬品市場は、2021年の77億米ドルから、2026年には161億米ドルに拡大する見通しである。また、ジェネリック医薬品市場の市場規模も大きい。2018年、ベトナムの特許薬の市場規模が120億米ドルであったのに対し、ジェネリック医薬品は320億米ドルにも及んでいる。
ハタイ製薬との協業事業
先述した通り、あすか製薬はベトナムの製薬会社であるハタイ製薬の株式を24.9%取得している。ハタイ製薬がベトナム現地で持つ販売力とあすか製薬の持つ開発・技術ノウハウで相乗効果を発揮し、双方の発展を目指す。
ーベトナム企業との協業事業ということで、商習慣の違いなど、何か難しさは感じましたか?一般的に、ベトナム企業との協業事業で課題を抱える日本企業は多いと認識しています。
大塩
医薬品の開発や品質管理に対する考え方、手法が思っていた以上に違いがあるなというのが実感としてありますね。お互いの価値観をしっかり理解できていないが故に、会議等での話し合いが上手く進まないことも多くありました。ベトナムでの標準的な品質等に関する考え方を理解するためには、現地に赴いて直接現場を自分の目で見る、現地の担当者と直接対話をするといった対応が必要だと感じました。
ーコミュニケーションの問題は日本企業にとっても大きな課題の1つと認識していますが、そういった面での難しさはありましたか?
大塩
「公用語がベトナム語なので少し苦労している面はあります。ベトナムでは若い人を中心に英語が話せる人が増えていますが、年配の方を中心にベトナム語しか話せない方が数多くいます。当初は英語での通訳を介して対応していましたが、より確実に正しいニュアンスを伝えるために、日本語が堪能なベトナム人材を採用しました。コミュニケーションに対する不安は、これでかなり払拭されました。」
医薬品に限らず、ベトナムの品質基準は、殆どの分野で比較的日本よりも低い。例えば農業で収穫された野菜や青果物等も、常温のまま輸送し多くのロスを出しているが、それが許容されている現状がある。医薬品の製造についても、考え方の違いが同様に見られる。
言語の面では、確かに最近のベトナムでは英語ブームが起こっており、子どもを英語塾に通わせる家庭が急増している。若い世代に英語話者が増える一方、企業の経営陣である中年世代以上には、英語話者はそこまで多くない。
ベトナム医薬品市場の難しさ
医薬品に限らず、ベトナムでは法規定が曖昧で事業の判断が難しいことが多々あることが現状だ。法規定が曖昧に記載されているため、グレーゾーンが発生してしまうことはベトナム事業展開ではよく直面する課題だ。
ー医薬品業界としての難しさはありましたか?
大塩
現在、医薬品業界で大きな課題となっているのが医薬品の登録の問題です。ベトナムでは医薬品の登録は、上市してから5年で更新しなければいけません。この更新も難易度が高く、承認審査機関のスタッフ数も足りていないと聞いています。昨年は保健省のスキャンダルがあり、約1万品目の更新が止まったと言われています。応急措置的に自動更新が行われましたが、根本的な解決がなされていないので、この医薬品の登録と更新は難しい課題だと思います。
ーその他に、ベトナム医薬品業界ならではの課題はありますか?
舘林
長期的な対応が必要となる課題としては、やはり地方の医療レベルが低いことが挙げられると思います。地方の医療レベルの底上げが、我々の市場の拡大につながると思います。
ベトナムでは、国家のトップであるグエン・フー・チョン党書記長が、汚職撲滅を積極的に進めている。2022年6月には、前保健相が汚職を理由に共産党からの除名を受け、逮捕された。前保健相以外にも、ハノイ市前市長を始めとした多くの関係者が逮捕されており、共産党内や業界をクリーンにしようという傾向が見られる。医薬品登録と更新関連の法整備への期待感は高い。
今後のベトナム医療・医薬品市場の成長性とポテンシャル
最後にベトナムの医療・医薬品業界の今後の展望についてもインタビューした。
ー今後のベトナム医薬品市場の展望として、どういったトレンドがあるとお考えですか?
大塩
今のベトナムでは抗菌剤が主流となっていますが、耐性菌の問題もあり、他の先進国と同様に抗菌剤の市場は縮小していくと考えています。近年ベトナムでは、糖尿病等の生活習慣病が原因となる病気が死因の上位を占めるようになっており、今後は、生活習慣病に関連する医薬品が大きなトレンドになると思います。
舘林
ベトナムは元々個人経営の薬局がかなり多いですが、ロンチャウ(Long Chau)やファーマシティ(Pharmacity)に代表される近代的なドラッグストアチェーンの拡大も大きなトレンドだと思います。
1990年代のベトナムは、感染症による死亡が死因の26%を占めていたが、2017年には10.5%にまで低下している。2017年のベトナムにおける死因では、心血管疾患等の非感染症の割合が大きくなっており、生活習慣病の増加がデータでも読み取れる。
加えて、ベトナムでの生活習慣病の増加は成人年代だけの課題ではない。ホーチミン等の都市部の子どもの肥満率も、10年間で約10倍になっている。
ドラッグストアチェーンの拡大も、ベトナムでは急速に進んでいる。舘林氏が挙げた「ロンチャウ」というチェーンは、2018年から2021年までの4年間で店舗数を約20倍に伸ばしている。
経済発展に伴い、ベトナムの流通形態も徐々にトラディショナルトレードからモダントレードにシフトしていくと予測され、日本企業にとっては追い風となると予測される。
あすか製薬のベトナム事業の成功要因
今回のインタビューを通じて、あすか製薬のベトナムでの成功要因はハタイ製薬との信頼関係だと気付かされた。
ーハタイ製薬との信頼関係を築く上での、具体的な取り組みの事例等はありますか?他の日本企業の参考になるような事例があればお聞きしたいです。
大塩
ハタイ製薬の工場建設を中心に、先方の分からないこと、進捗がおくれている事があれば、弊社が全面的にサポートしてきました。障害を取り除いてあげることを何度も繰り返すことで、「分からないことはあすかに聞けば大丈夫」という信頼関係を築くことに成功しました。
ー逆にベトナム企業から学んだことはありますか?日本企業が取り入れるべきベトナム企業の良いところなどはありましたでしょうか。
大塩
女性が活躍している企業が多いところですね。ハタイ製薬でも多くの女性が管理職として働いています。弊社も女性管理職比率の向上に取り組んでいるところですが、まだ道半ばといったところです。女性の社会進出という面では、ベトナムのほうが進んでいると思います。
世界経済フォーラムが公表している「ジェンダーギャップ指数2022」では、日本は146か国中116位なのに対し、ベトナムは83位となっている。
このジェンダーギャップ指数は、各国の「経済」「政治」「保健」「教育」という4分野のスコアから算出される。社会進出や賃金格差等を表す「経済」分野だけで比較すると、日本は121位なのに対し、ベトナムは31位となった。
もちろんベトナムにもジェンダー平等の課題は残っているが、女性の社会進出という面でベトナムの方が日本より進んでいるというのは、データにも表れている事実である。
インタビューを終えて(VietBizとしての考察)
今回のインタビューから、あすか製薬はベトナムでの協業事業の初期段階で良い成功を収めていることが伺えた。Vietbizは多くの日本企業のベトナム進出を支援してきたが、あすか製薬ほどスムーズに信頼関係を築けているケースは決して多くない。
新工場の建設や医薬品の登録・更新、保健省のスキャンダルによる混乱など、あすか製薬は難しい局面に対面し続けているが、これらをクリアする背景には、あすか製薬の柔軟さやハタイ製薬との信頼関係が大きいと感じられた。 あすか製薬のベトナムでの今後は、新工場の建設が完了してからが本番だと考える。ベトナム現地で日本品質の医薬品の製造・販売を手掛けていくあすか製薬の動向に注視していきたい。
【関連記事】他のインタビュー記事やベトナムの医療分野については、以下をご覧ください。
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