ベトナムの政治動向:国家主席トゥオン氏が辞任
ベトナムは共産党が主導する社会主義の国であり、日本とは異なる政治体制をとっている。共産党には4名のトップがおり、それぞれ党書記長・国家主席・首相・国会議長という政治的に最も重要な4つの役職を担っている。この4名が務める4つの役職は、「四柱」や「政治4役」と呼ばれている。
2023年1月、政治腐敗防止運動の影響で、当時の国家主席であったグエン・スアン・フック氏が、部下の政治汚職を理由に引責辞任した。任期中に国家主席が辞任することは初めてであり、ベトナム国内外で大きな話題となった。国家主席の後任には、ボー・バン・トゥオン氏が就任した。
フック氏の辞任から約1年後である2024年3月に、後任の国家主席であるトゥオン氏も任期途中で辞任することとなった。初の途中退任から僅か1年後に再び途中退任という異例の事態は、再び国内外で大きな話題となっている。
本レポートでは、現在(2024年3月時点)のベトナムの政治情勢と、ビジネスへの影響を網羅的に解説・考察していく。
トゥオン氏の辞任の経緯
ここではトゥオン氏の辞任の経緯を整理する。
ベトナム共産党中央執行委員会は、ボー・バン・トゥオン国家主席の政治局員・共産党中央執行委員・国家主席・国防安全保障評議会議長としての職位の解任を2024年3月20日に決定した。
これに伴い、国会が新国家主席を任命するまでの期間、ボー・ティ・アイン・スアン国家副主席が国家主席代行を務める。なお、2023年1月にグエン・スアン・フック前国家主席が解任された際にも、スアン国家副主席が同年3月まで国家主席代行を務めた。
トゥオン氏辞任の兆候として、オランダ王室のベトナム訪問延期が挙げられる。ベトナム国家主席であったトゥオン氏からの招待を受け、オランダ王室は3月19~22日にウィレム・アレクサンダー国王夫妻がベトナムを訪問することを発表していた。しかし、3月14日に、ベトナムは自国の「国内情勢」を理由に延期を要請した。
別の兆候としては、2023年9月に行われたアメリカのジョー・バイデン大統領の公式訪問、同年12月に行われた中国の習近平主席の公式訪問において、トゥオン氏が不在であったことが挙げられる。
トゥオン氏の辞任理由の考察
共産党中央執行委員会は、3月20日午後に声明を発表し、トゥオン氏が国家の重要な指導者であることを改めて主張した一方で、党員に対する禁止事項に関する規定に違反し、国家幹部・党員として国民の模範となる責任を果たさず、共産党・国家機関、国家主席本人の尊厳を損なったとして、長としての責任を負うべきとして国家主席の解任を決定した。具体的な理由は明らかにされていないが、トゥオン氏自身も違反を認識し、辞意を表明している。
トゥオン氏の違反事項については、フックソン・グループの事件に関連するとの推測がなされている。今月初めには、公安がビンフック省、クアンガイ省、ビンロン省において、フックソン・グループに関連する事件の捜査を拡大している。特にクアンガイ省はトゥオン氏が以前書記を務めた地域(2011-2014)であり、ビンロン省はトゥオン氏の出身地である。この事件では、既にクアンガイ省の省議長と元省議長が逮捕されている。また、3月21日の第6回臨時国会において、フックソン・グループの不正行為に関連した贈賄容疑にて、ビンフック省元書記のホアン・ティ・トゥイ・ラン氏が共産党から除名され、拘留されている。
ベトナムにおける汚職防止のトレンド
ベトナムでは以前より、政治やビジネスにおいて贈賄等の不正が多いことが課題となっている。2017年から現在まで、共産党のグエン・フー・チョン書記長が、腐敗防止運動を積極的に展開している。この運動の影響で多くの政府高官、元政府高官が処分されている。この運動の影響で、政治分野の人物だけでなく、経済界の大物も最近は多く追及・逮捕されている。
ビジネスに与える影響と特に影響を受ける業界
ここまでは、トゥオン国家主席辞任の経緯など、政治的な面を中心に考察してきた。本章からはよりビジネス的な観点で、トゥオン氏の辞任が経済に与える影響を考察する。
ベトナムに投資する外国投資家への影響
長期的な目線では、腐敗防止運動はベトナムの政治体制を健全にし、ポジティブな印象を投資家に与える。その結果、ベトナム投資に対する安心感が高まり、投資が促進される。
短期的には、政治的混乱により、外国人投資家からの信頼感を損なう可能性がある。しかし、2023年にフック氏が辞任した際、ベトナムへの外国投資は全く減少せず、むしろ増加傾向にあった。国家主席は儀礼的な意味合いが比較的強い役職であり、首相等の他の役職とは異なり経済面での影響はほとんどないと考えられる。
また、ベトナムの役人が大規模な汚職撲滅に巻き込まれることを恐れて、大規模な取引・プロジェクトの承認を躊躇し、遅延させる可能性がある。特に、ベトナム経済に大きく影響する計画の承認も、予定より遅れる可能性・ケースがある。
また、多くの政府高官や役人が逮捕・処分されることで、一時的に人材が不足する可能性がある。要職での人手不足も、プロジェクトや政策の進行が遅れる要因である。
不動産業界への影響
不動産業界は腐敗防止運動の影響を最も強く受けた市場の一つであると言える。不動産業界は、最も多くの汚職事件が摘発された業界である。
過去には、地方自治体によるサポートや柔軟な対応により、多くの不動産案件で法的手続きを完全に満たさずとも、案件が承認・実施されてきた。しかし、近年ベトナム政府は、案件・企業・管理機関に至る全てのレベルでの監査を強化しており、建設中および建設済みの案件も含めて、多くの案件が停滞、追及されている。
また、汚職の取り締まりが続き、巻き込みを恐れた役人がプロジェクトの承認を先延ばしにしているが、不動産や土地開発のプロジェクトはやはり大きな金額が動くものが多く、この点においても不動産業界が受ける影響は大きい。
「建設業界への影響」と「エネルギー業界への影響」
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まとめ
ベトナムでは、腐敗防止の波が広がりつつあり、現在の2021年~2026年の任期中に国家主席が2度も交代した。そのため、外国投資家の間では政治上の不安定さを懸念する声がある一方、国家主席の交代では経済への影響はあまりない前例もあるため、大規模な投資減にはならないと考えられる。
特に影響の大きいと考えられる業界としては、不動産、建設、エネルギーが挙げられる。
総じて汚職の撲滅は、短期的には大規模・重要なプロジェクトや政策の承認を遅れさせ、経済にマイナスな影響を与えている側面もある。しかし、長期的にはベトナムの投資環境がより公正になるので、外国投資家にとってはメリットが大きい。