はじめに
本レポートでは、ベトナムの電力消費状況、電力供給能力、発電源構造、ベトナム国家電力マスタープラン(PDP8)等について解説する。 また、電力業界の事業体制や日本の投資家が参加できるセグメントについても紹介する。
ベトナムの電力事情
本章ではベトナムの電力事情について網羅的に解説する。
ベトナム国内全体の電力需給、電源構成(発電方法)、送電方法、ベトナム電力公社、政府の開発方針、外資規制など、まずは再生可能エネルギーに拘らずに基礎情報を網羅していく。
電力需要・供給の状況
2023年の全システムにおける発電および輸入電力量は2806億kWhで、2022年と比較して4.56%増加した。
ベトナム政府は平均GDP成長率の目標(2021~2030年間で7%/年、2031~2050年間で6.5~7.5%/年)を達成するために、政府は以下の電力需要の増加を予測している。
- 商用電力量:2025年に約3,350億kWh、2030年に約5,052億kWh、2050年には約11,141~12,546億kWh。
- 生産および輸入電力量:2025年に約3,783億kWh、2030年に約5,670億kWh、2050年に約12,243~13,787億kWh。
- 最大発電容量:2025年に約59,318MW、2030年に約90,512MW、2050年に約185,187~208,555MW。
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しかし、ベトナムではこうした電力需要の伸びに対して、供給側である電源開発が追いついていない問題が存在する。
PDP8計画に基づく2021年から2050年までの電力需要増加率は年間9.08%と予想されるが、実際はそれ以上となっている。2024年1月から7月までの電力需要の増加率は13.7%に達しており、当初の予想を大幅に上回っている。これらの状況を踏まえ、商工省はPDP8計画の調整を早急に行う提案をしている。この提案には、予想を上回る電力需要と低い稼働率に対応するための柔軟な計画見直しが含まれている。
電源構成
ベトナムの電源構成では、石炭火力発電と水力発電が依然として設置容量と発電出力の両方で大きな割合を占めている。再生可能エネルギーの設置容量と発電出力の割合は徐々に増加している。
EVNのデータによると、2023年末時点での石炭火力発電の容量は26,757MWであり、全システムの総発電容量(COD済み)の33.2%を占める。次いで、水力発電(小水力を含む)は22,872MW(28.4%)、再生可能エネルギー(風力・太陽光発電)は21,664MW(27%)、そしてガス火力発電は9%となっている。
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国内送電網の状況
送電と配電に関して、ベトナムには唯一の独占会社であるベトナム国家送電公社(EVNNPT)がある。
2023年時点で、EVNNPTが運営・管理しているのは、10,467の500kV送電線、 18,958kmに及ぶ220kVの送電線、 総容量46,650 MVAに及ぶ500kVの変電所37カ所、総容量69,375MVAに及ぶ220kVの変電所146カ所であr。
「EVNNPT発展戦略2025年、2040年ビジョン」によると、EVNNPTは2025年にはアジアトップ10の電力伝送機関の1つとなり、2030年には世界の先進的な電力伝送レベルに到達することを目標としている。
アジアにおけるEVNNPTの地位について、送電量に基づけば、EVNNPTはすでにアジアトップ10の電力伝送機関に位置となっている。送電線の規模と変電所の容量に基づけば、EVNNPTはアジアトップ10の電力伝送機関に徐々に近づいている。また、送電システムの品質評価基準である「信頼性」「可用性」「事故率」「送電損失」の4つの基準においても、EVNNPTはアジアトップ10の電力伝送機関に迫っていると評価される。
したがって、2025年までにEVNNPTが送電サービスの品質においてアジアトップ10に入るという目標は十分に達成可能である。
ベトナム電力公社(EVN)について
ベトナムの電力事業者で最も代表的なのが、ベトナム電力公社(以下:EVN)である。
EVNは1994年に設立され、ベトナムの電力業界で最大手である。設立当初のEVNは、ベトナム商工省の下で完全な国営企業であった。しかし、ベトナム政府が「国営企業の民営化」という方針を固め、EVNは2010年に有限責任会社に変更された。
EVNの主な事業は、発電、送電、電力小売、電力輸出入である。EVNは、発電所の建設、家庭への配電、国の送電網の構築、中国やラオスなどの近隣諸国との電力の輸出入を実施し、ベトナムの人々の生活や各企業の電力要求需要に応じて電力を供給している。
EVNは多くの関連企業や子会社を持ち、発電、送電、配電の各部門がそれぞれの業務を担当している。EVNには技術運営部門や財務部門、投資部門、国際関係部門などがあり、組織の効率的な運営と長期的なエネルギー戦略の実現に向けた活動を行っている。また、EVNは国内外の企業とのパートナーシップを強化し、技術革新やエネルギー効率の向上にも取り組んでいる。
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第8次ベトナム国家電力開発マスタープラン(PDP8)
ベトナム電源開発計画(The National Power Development Plan:PDP)は、ベトナムの経済発展における電力消費需要に応じて、発電源と電力網の開発方針を示すことを目的とした、一定の期間(約20年~30年)での電力開発計画である。
PDPは商工省によって策定され、ベトナムの産業全体で考えても、最も重要なマスタープランの1つである。
Le Van Thanh副首相の直接指導の下、ベトナム商工省は、国の経済・社会の発展や国際の気候変動の対応の協定などを合わせて、第8のPDP(PDP8)の策定を進めている。
Le Van Thanh副首相の直接指導の下、ベトナム商工省はPDP8を完成させ、2023年5月15日に首相によって承認された。その約10か月後、2024年4月1日、PDP8の実施計画もTran Hong Ha副首相によって承認された。しかし、現在、商工省は電力供給の実現可能性が危うくなっていることから、PDP8の見直し・調整について意見を求めている。
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ベトナムでの電力事業に関する外資規制
ベトナムにおける電力事業(発電・送配電・小売)の中で、外国投資家が参入できるのは「発電」事業のみである。
ベトナムの「2020年投資法」(2021年1月1日政府発行)によれば、ベトナムでの送配電と電力小売事業は、EVNしかEVNの子会社のみ行えない。ただし、発電事業については、基本的に外資規制がない。現在、ベトナムで発電事業、発電所を操業している外資系企業(日本を含む)の事例は多数ある。
実際には、配電及び電力小売事業は外資系企業だけではなく、ベトナム国内の民間企業でも参入できない。そのため、発電所からEVNへの売電価格、またEVNから消費者への電力販売価格は市場原理によって変動するわけではなく、EVN・商工省・財務省によって決められる。
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2006年以前、EVNはベトナムでの発電源全体を保有していた。2013年には民間の発電所有率は10%未満だったが、この割合は過去10年間で急速に増加している。2023年時点で、全システムの発電容量(設置容量ベース)約80,000MWのうち、EVNは直接および間接的に約37.6%を保有する。直接的な保有はシステム容量の約15%で、主に多目的ダム水力発電所(ライチャウ、ソンラ、ホアビン、チーアン)によって占められている。間接的な保有は、EVN傘下の3つの発電総会社(Genco 1、Genco 2、Genco 3)を通じて、システム容量の22.6%を占める。計画によれば、EVNはこれら3つのGencoにおける株式をさらに売却する予定である。
残りの62%以上については、EVNは依然として他の発電源所有者、例えばベトナム石油公社(PVN)、ベトナム石炭・鉱物公社(TKV)、BOT投資家、民間企業などから購入している。
2022年に施行された改正電力法により、民間による送電網への投資が可能となった。しかし、2年近く経過しても、送電線に資金を投じた民間投資家は1社のみである。
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ベトナム再生可能エネルギー市場の概要
本章では、ベトナムの再生可能エネルギー市場について網羅的に解説する。
ベトナムの温室効果ガス排出量
世界銀行によると、2022年にベトナムは年間3億4400万トンのCO2を排出し、世界で17位となる。このうちエネルギー部門が全排出量の63.3%を占めている。
ベトナムは人口増・都市化・工業化によって、温室効果ガス(GHG)の排出量が年々増加している。今後、経済発展速度の速いベトナムは、国内で発生する温室効果ガス量も更に増加すると見込まれる。
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太陽光発電
本段落ではベトナムの太陽光発電について解説する。まずベトナムの日射量を紹介し、次に屋根置き、地上置き、水上置きといった太陽光発電の手法ごとの概況を紹介する。
ベトナムの日射量
ベトナムは、日照時間・日射量が比較的に大きい地域に位置している。 地域別にみると、以下の日射量マップからも分かるように日射量は北部ではより低く、南部ではより高く、南中部沿岸地域で最も高い。ベトナム国内には、太陽光発電開発に適する土地が約79,000平方キロメートルあると推定されている。
そのため、ベトナムでは中部及び南部地域での太陽光発電プロジェクトが急増し、中南部地域の送電線の過負荷に繋がった。
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屋根置き太陽光発電
ベトナム政府の開発奨励政策の影響により、2018年末からベトナムでは太陽光発電が急激に増えた。 2022年、ベトナムは世界で最も太陽光発電容量が大きい10カ国の一つとなる。
ベトナムでは2019~2020年の期間で、FIT制度によって屋根置き太陽光発電プロジェクトが急増した。EVNに売電することができるため、多くの中小規模の屋根置きプロジェクトが、主に送電網への売電目的で増加していた。そのため、一部地域で電力システムに過負荷が多発した。
2023年12月31日現在、EVNは、ベトナムにおける太陽光発電プロジェクトの促進メカニズム(首相決定11/2017/QD-TTgおよび13/2020-QD-TTg)に基づき、組織および個人と103,509件の太陽光発電システムに関する売電契約を締結しており、設置容量は約9,595,853kWpとなっている。集計データによると、2023年の国家電力システムへの総発電量は111億3,500万kWhで、システム全体の総発電(輸入電力も含む)の3.97%を占めている。
今後、ベトナム政府は工業団地等の工場の屋根に太陽光パネルを設置するという方針を固めている。また、この場合は発電した電力を自家消費することができる他、発電した電力を売電することも可能である。しかし、屋根置き太陽光発電のさらなる設置には、地域間で均等な発展を促進し、過剰な開発を避け、自己消費電力を使用する世帯を奨励するために、明確なメカニズムが必要であり、PDP8に適合する必要がある。
地上設置型太陽光発電
2023年1月7日に商工省が決定No. 21/QD-BCTを発行し、FIT2価格が適用されていない風力・太陽光発電案件に対する上限売電価格を規定した。FIT2価格と比べて、上限売電価格が15-28%低い。
上限売電価格をもとに、EVNと再エネ発電事業は個別に売電価格を交渉する。しかし、風力発電・太陽光発電プロジェクトの売電価格の計算方法を規定する法的根拠が欠如しており、EVNと発電事業者の間の交渉がなかなか進んでいない。一方で、ベトナムは深刻な電力不足のリスクに直面しているため、商工省はEVNに対し、再エネ事業者との臨時売電価格の交渉を早めるように指示している。
ベトナムの地上設置型太陽光発電プロジェクトは、2019年6月末が期限であったFIT制度(9.35セント)の時期に開発が特に進んだ。現在、新規開発を行う動きの他、セカンダリー市場での案件売買も活発化している。
水上太陽光発電
ベトナムでは、現在開発されている水上太陽光発電プロジェクトは少ない。水上太陽光発電プロジェクトは主に、湖等にパネルを設置することが多い。
ベトナムで水上太陽光発電の開発があまり進んでいない理由としては、水上に設置するための設置費用が高くなりがちだからである。また、設置に係る技術面の課題もあり、民間企業からの注目度がまだ高くない。
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風力発電
本段落では、ベトナムの風力発電について網羅的に解説する。
ベトナムの風況
ベトナムの風況は東南アジアで最良といえる。ベトナムの風力発電可能な容量は東南アジア最多で、2番目のタイに比べると、約4倍となっている。
ベトナムは南北に長い海岸線を有しており、洋上風力発電の開発ポテンシャルが高い国の一つとなっている。また、中南部から南部かけての沿岸地域、中部高原地域の内陸部は開発余地が大きい。
ベトナムにおける陸上風力発電のポテンシャルは221GWに達し、そのうち高風速(>6m/s)の地域のポテンシャは約30GWで、主に高原地域、中南部、南部に集中している。 洋上風力発電のポテンシャルは約600GWであり、その中で高風速地域(7~9m/s)が主に中南部地域に集中している。
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洋上風力発電
洋上風力発電は、海に近い陸の部分で発電する「ニアショア(Near-shore)」と、それより遠い海域で行う「オーフショア(Off-shore)」の2つに分類される。
ベトナムで計画されている洋上風力発電は殆どがニアショアである。 洋上風力発電(Off-shore)に関しては、着床式や浮体式は技術面、法整備、コストといった要因により、現時点ではベトナムでの開発は進んでいない。
ただし、洋上風力発電は土地収用が必要ないため、ベトナム政府は今後Near-shoreとOff-shore両方の洋上風力発電の開発を推奨している。そのため、今後のベトナムでは洋上風力発電の急速な発展が期待されている。
しかし、Off-shore風力発電に特化した明確な規制や法制度がまだ十分に整備されていないことが大きな問題である。ベトナムのエネルギー政策は、特に再生可能エネルギーに関して頻繁に変化することがあり、これが投資家にとっての不安材料となっている。特に、電力購入契約(PPA)の条件や再生可能エネルギーのフィードインタリフ(FIT)の変更が投資計画に影響を与えることが多い。
陸上風力発電
2022年、陸上風力発電の総設備容量は5,059MWに達し、ベトナムの発電の総設備容量の6.9%を占める。陸上風力発電の発電量は8,852GWhに達し、ベトナムの総発電量(輸入分を含む)の3.3%を占める。現在、COD済みの陸上風力発電案件はすべて中部と南部に位置している。
ベトナムでは、まだ洋上風力が稼働・運営されていない。COD済みの案件はすべて陸上風力である。(ベトナム政府の分類には、陸上風力はOn-shore風力とNear-shore風力を含む)
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バイオマス発電
ベトナムはバイオマス発電の開発ポテンシャルが非常に高い。
ベトナムは世界的に農業(農産物輸出)大国である。2023年、ベトナム米の輸出量は世界3位、コーヒー輸出量も世界2位、カシューナッツの輸出量は1位であった。農業だけではなく、ベトナムでは林業も盛んであるため、農業・林業を原料とする製品の生産量は非常に多い。
バイオマス発電の主要な燃料は、木材チップ、木質ペレット等(林業から取れる原料)や、籾殻、コーヒー殻、トウモロコシ残渣、カシューナッツ残渣等(農業から取れる原料)である。これらのバイオマス発電燃料の供給はベトナム国内だけでも十分に対応できるだけでなく、安い価格で調達できる。
ベトナム政府はバイオマス発電のポテンシャルを認識しており、今後は上記で解説した太陽光発電、風力発電等に加えて、バイオマス発電にも注力する方針である。
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木質ペレット
ベトナムの木質ペレット生産は、国内消費と輸出の2つの需要に対して、十分に対応できている。
近年、ベトナムの木質ペレットの輸出量及び金額が安定的に急増・高騰している。ベトナムは現在、米国に次ぐ世界第2位のペレット生産国となっている。2013年から2022年にかけて、2022年にはベトナムのペレット輸出量および輸出額が2013年と比べてそれぞれ28倍と34倍に増加した。ベトナム木材・林産物協会によると、韓国と日本はベトナムのペレットの主要輸出市場であり、これら2つの市場向けのペレット輸出量は全体の95%以上を占めている。ベトナム税関総局によれば、2023年におけるペレット輸出量は460万トン(2022年比4.3%減)、輸出額は約6億8,000万ドルに達した。
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木質チップ
ベトナム木材・林産物協会が発表した2023年の木材業界の全体報告によると、ベトナムは2023年に約1,442万トンの木材チップを輸出し、22億2千万米ドルに達し、ベトナム木材業界全体の輸出総額の16.8%を占めた。
2023年には、ベトナムは日本へ394万トンの木材チップを輸出し、その価値は約6億1千万米ドルで、ベトナムの木材チップ輸出量全体の27.3%、輸出額の27.5%を占めている。
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廃棄物発電
ベトナム政府および地方自治体は、廃棄物発電への投資に注力している。
ベトナムでは現在、都市化・人口の増加・経済発展により、廃棄物の排出量も増加している。労働・傷病兵・社会省の調査によると、ベトナムの都市化率は2020年の24.4%から2050年までに51.1%になると予測されている。2023年のベトナムの都市人口比率は約38.1%であり、2022年と比較して0.6%増加している。2030年までに全国の都市化率は50%を超えると予測されている。
現在ベトナムでは、特に大都市圏での廃棄物処理が大きな課題となっている。現地新聞の記事を見ると、ハノイ市、ホーチミン市にある廃棄物処理プラントのほとんどがキャパシティオーバーの状態になっていて、環境汚染課題も取り上げられている。
ベトナムの都市では、発生した廃棄物が主に直接埋立されている。直接埋立はごみ処理効率が非常に低く、土壌汚染・水汚染を引き起こす可能性も高いという大きな欠点がある。ベトナム政府、特にハノイ市、ホーチミン市行政等は廃棄物処理、特に廃棄物発電プロジェクトを開発する投資家を歓迎している。
ただし、廃棄物処理や廃棄物発電への投資には大きな資本と高い技術が必要で、ベトナム国内企業にとっては中々難しいところがある。そのため、現在ベトナムで稼働している廃棄物発電所の殆どは外資系企業により、資本及び技術が支援されている。
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