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政治ベトナム一般概況

ベトナムの政治・経済への影響・考察|グエン・フー・チョン書記長逝去

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はじめに

2024年7月19日、ベトナムの最高指導者グエン・フー・チョン書記長(80)が病気と老衰のため、ハノイの病院で亡くなった。チョン書記長が亡くなる1日前には、療養に専念するため、党序列2位のトー・ラム国家主席が書記長の職務を代行することが発表されていた。ベトナムでは、ここ1年半足らずの間に、2人の国家主席と1人の国会議長が辞任している。今回は党書記長の逝去という不可避的な側面があるが、ベトナム政治の不安定化についての懸念が日本企業からも聞かれるようになっている。そこで本レポートでは、チョン書記長の逝去、及びトー・ラム国家主席が党書記長代行を兼任することに関しての、政治、経済への影響を考察する。

グエン・フー・チョン書記長が逝去し、トー・ラム国家主席が後任に就任

本章ではグエン・フー・チョン書記長の逝去と後任について解説する。

グエン・フー・チョン書記長逝去

最近、チョン書記長は体調不良のため、党の重要な会議や公務を欠席することが多かった。早かれ遅かれ、チョン書記長が政界の第一線から退くことは予想されており、共産党内でもそのための準備はできていたと言える。

チョン書記長は、在任中、ベトナムで深刻な社会問題になっている汚職の撲滅に向け、反腐敗運動を積極的に行い、多くの政府高官、元政府高官が処分された。2023年に捜査機関が摘発した汚職事件の総数は967件に達し、被告人は2,552人に上った。

また、チョン書記長は、2011年の共産党大会で初めて党書記長(任期5年)に選出され、2021年には党の規約が定める任期の「連続2期10年」を超え、異例の3期目を務め、注目されていた。

党書記長の職務を代行するトー・ラム国家主席  出所:The Diplomat

トー・ラム国家主席が書記長の職務を代行

チョン書記長の職務を代行するトー・ラム国家主席は、今年3月のボー・バン・トゥオン前国家主席の辞任に伴い、5月22日に国家主席に就任したばかりであった。チョン書記長の反腐敗運動を推進し、これらの摘発の陣頭指揮を執ったのが、一貫して公安畑のキャリアを歩んできた当時のトー・ラム公安相だった。政府高官や大手企業幹部などを次々と辞任に追い込み、自らの権力基盤の強化を図ったとの見方もある。元々、2026年の共産党大会で行われるチョン書記長の後任選定においても、ラム氏が最有力後継候補との見方が強かったこともあり、シンガポールのISEASユソフ・イサーク研究所のベトナム専門家グエン・カック・ジャン氏によると、「現状では、トー・ラム氏が2026年まで共産党のトップ代行を務める可能性が最も高い」。

現在、ベトナム共産党の政治4役は、トー・ラム党書記長代行兼国家主席、ファム・ミン・チン氏首相、チャン・タイン・マン国会議長の3人で務めている。トー・ラム氏がいつまで党書記長を代行するのか、或いはトー・ラム氏が党書記長代行に正式に専念し、代わりに誰かが国家主席となるのかなど、まだ決まっていない。

2026年の共産党大会に向け、トー・ラム国家主席が正式に党書記長になるかも含め、党人事を巡り激しい駆け引きが行われることが予想される一方、党大会後に政局が安定するかが焦点となる。現時点では、トー・ラム国家主席の他に、序列3位のファン・ミン・チン首相、序列第5位のルオン・クオン党書記局常務が、次期書記長の候補として挙げられているが、最近の様相を見ると、トー・ラム国家主席が次期党書記長の最右翼であることに間違いはない。

ファン・ミン・チン首相がトー・ラム国家主席の権力に対抗するのは難しく、トー・ラム国家主席が公安省を通してファン・ミン・チン首相が過去に党の規則や法律を犯した行為がなかったかを調査する可能性がある。ルオン・クオン党書記局常務がトー・ラム国家主席ほどの権力はないうえ、党規約に定められた書記長に就任するための条件である政治局員を1期務めあげておらず、書記長に就任するには党中央委員会の特別な承認が必要になる。

注:ベトナムは他の社会主義国同様、政治的に共産党が国家に対して優位にたち、共産党の役職が国家の役職よりも意味を持っている。共産党には4名のトップがおり、序列順に、党書記長、国家主席、首相、国会議長という4つの役職を担っている。この4名が務める4つの役職は、「政治4役」 と呼ばれている。

ベトナム政治への影響

当面、現在の政局は外資系企業にとって内政政治の安定化という面でメリットよりも、デメリットをもたらす側面が大きいと言える。

外資系企業にとってのメリット

ベトナムでは、重要な対外政策の決定は党政治局で行われる。党政治局の最も影響力のあるトー・ラム国家主席はチョン書記長の政策を継続する意向を示した。これにより、「竹外交」と呼ばれる外交政策が維持され、米国、ロシア、中国という三大強国との関係が引き続き重視される。このような外交の全方位性は、特定の国に与せず、すべての国と柔軟に付き合っていく、ベトナム外交の特徴を示している。特に「竹外交」の今日的な含意としては、米中対立が先鋭化する中、「アメリカか中国か」の二者択一に与しないことを意味する。全方位外交は現在も、対外環境がもたらす制約条件下で国益を最大化するための有効な政策とみなされている。

トー・ラム国家主席がチョン書記長の政策を継続しつつ、より柔軟な政治・経済政策を導入することで、政治的安定が期待される。政治の安定は、外国投資家にとって重要な要素となる。特に、ベトナムが「全方位外交」を維持することで、三大強国とのバランスが保たれ、政治・経済環境が安定する。

外資系企業にとってのデメリット

反汚職運動で自らの政治的地位を強固なものにし、国民からも運動は支持されていることから、トー・ラム国家主席がベトナムの最高指導者であり続ける限り、反汚職運動は続いていくことが予想される。その結果、外資系企業が受けるデメリットとしては、反汚職運動が続く中で、引き続き、今後も新たな政府高官の辞任・逮捕が出てくるかもしれず、短期的には政治的に不安定な状態が続く可能性は低くない。そのために、企業活動に関連のある法案の承認が遅れることもあり得る。

今後のベトナムの政治動向はトー・ラム国家主席を中心に展開される一方、政府高官や経済界の大物を要職から追放した分、トー・ラム国家主席に恨みを持つ人物も少なくないと言われ、思わぬ形で足をすくわれることもあり得る。もし、今後、トー・ラム国家主席が最高権力者の地位から退くことになれば、反汚職運動が下火になることは十分予想される。

ベトナム経済への影響

経済については、メリットをもたらす面もあるが、短期的にはデメリットが大きいと推察される。

外資系企業にとってのメリット

トー・ラム国家主席が汚職撲滅キャンペーンを継続することで、政府組織の透明性が向上し、ビジネス環境が改善されることが期待される。長期的に見れば、ベトナムから汚職がなくなり、外資系企業が投資し易い環境が生まれるかもしれない。

Nikkei ASIAにZachary Abuza氏が投稿した記事によれば、トー・ラム国家主席がベトナムの最高指導者になることによって、経済はより良くなるという考えもある。チョン書記長は社会主義イデオロギーに強く固執した一方で、トー・ラム国家主席は党の正当性は経済成長にあるという認識を持っている現実主義者という。市場経済制度の下、順調な経済発展を遂げていることがベトナム共産党が一党独裁を敷く、正当性にもなっており、共産党も外資系企業がベトナムの経済発展を牽引していることは強く認識している。共産党が、このような認識を持っていることから、シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所のレ・ホン・ヒエップ氏とグエン・カック・ザン氏が発表したレポートにあるように、マクロ的な経済政策については、「大きな変化はないだろう」というのが、大方の一致した見解と言える。

外資系企業にとってのデメリット

経済政策自体に関しては,大きな変更はない見込みである。しかし、新規プロジェクトの承認は逮捕が続くことで引き続き遅れる可能性があり、自身が訴追されることを恐れ、他部署での承認を求めたり、政府高官の判断を仰いだりし、行政手続きの遅延が発生し続けることは予想される。さらに、トー・ラム国家主席が書記長を代行することになった影響を承認権限者が様子見して、承認作業が滞ることもあり得る。特に不動産、建設、エネルギーは大規模案件が多く依然として摘発の対象になりやすい。実際、最近の訴追案件は多くが不動産に関連している。また、公共投資も停滞が続くことが予想される。

さらに、ここ1年~2年の相次ぐ政治局員の解任により、現在いる政治局員16名の内、公安・軍出身が8名を占めており(政治局員には政治4役も含まれる)、その他の政治局員も官僚や政治家出身が多く、テクノクラートと言えるのは2人にとどまっている点も懸念される。国の指導部に経済に精通している者が少ないことから、ベトナムの経済運営に与える影響を注視する必要がある。

まとめ

チョン書記長の逝去に伴い、トーラム国家主席が書記長職務を代行することの政治、経済への影響を考察してきた。短期的には政治的、経済的にデメリットが大きいかもしれないが、長期的に見るとメリットのほうが大きくなる可能性もある。共産党序列2位のトー・ラム国家主席が、序列1位の書記長職務を兼務することで、権力が個人に集中することは懸念されるが、近年の政治・経済の不安定化を背景に、ベトナムでは強い指導者を求める声が出ているのも事実である。次期書記長にはトーラム国家主席が優勢な地位にあるとはいえ、現在の政局においては、今後どうなるか定かでなく、自社に及ぼす影響を分析しながら、外資系企業は今まで以上に余裕を持ったスケジューリングが必要となるであろう。

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