はじめに
現在、ベトナム各地で大型のレジデンス開発が各地で行われている。この背景には、ベトナムが経済発展していくのと並行して都市部への人口流入が増加し、ホーチミン市やハノイ市等の経済都市の郊外、または近隣の都市におけるレジデンス需要の高まりがある。
その中で業界をリードしている不動産ディベロッパー2社がある。ビンホームズ(Vinhomes)とノバランド(Novaland Group)である。両社はベトナムの各企業の分析・評価を行う「ベトナム評価レポート株式会社(Vietnam Report JSC)が発表した「最も信頼性の高い不動産ディベロッパーランキング」にて1位、2位を獲得している。
今回のレポートでは、ベトナムの不動産開発セクターを牽引するビンホームズとノバランドについて徹底分析を加えていきたい。まず前半では両社の会社概要を整理し、後半では財務情報を基に分析を加えていく。
ビンホームズ:巨大コングロマリット「ビングループ」の中核企業であり、業界をリードするナンバーワン企業
ベトナムに一度でも足を運んだことがある人ならば、上にある鳥の翼のようなロゴを目にしたことがあるだろう。このロゴは鳥が羽ばたくように企業が発展していくという願いを込めて作成されたものである。この鳥の翼のロゴはビンホームズの親会社であるビングループのロゴとしても使用されている。ビングループのロゴはベトナムのイメージカラーでもある赤色であるが、ビンホームズのロゴは信頼と安心感を与える青と金色でデザインされている。
ビンホームズは巨大コングロマリット「ビングループ」の中の一企業であり、同グループは他にもビンパール、ビンコム、ビンメック、ビンマート、ビンファスト等の企業で構成されている。もともとビングループは不動産事業で大きな成功を収め、成長してきたグループであることから、ビンホームズは同グループの中核を為す企業であると言える。実際に、2021年第1四半期の決算書では、グループ全体の売上23兆2944億VNDのうち、不動産販売による売上が10兆6563億VNDと半分近くを占めている。
ちなみに同じく不動産開発事業を行うグループ企業としては、リゾート開発を行うビンパールがあり、ビーチリゾートとして有名なニャチャンにあるビンパールランドが有名である。一方でビンホームズはレジデンスを中心に開発を行っており、グループ企業間での事業の棲み分けが為されている。
またビングループは小売、自動車、スマートフォン、病院、教育、農業等幅広い分野の事業を行う子会社を有している。2020年にも複数の企業を買収しており、積極的にM&Aを行い、グループ規模を拡大させている。
ビンホームズのこれまでの実績
ビンホームズがこれまで開発してきたレジデンス物件は下記のものがある。
- ビンホームズセントラルパーク(Vinhomes Central Park)
場所:ホーチミン市ビンタン区
規模:10,000戸
2017年~2018年にかけて完成、物件の引き渡しが行われた、ホーチミン市の大規模レジデンス。高層マンションだけでなく、公園やショッピングセンター等を含めた都市全体の開発が行われた。パークの中心には東南アジアで最高層の高さを誇る「ランドマーク81」が聳え立っている。
- ビンホームズリバーサイト(Vinhomes Riverside)
場所:ハノイ市ロンビエン区
規模:1000戸
この物件は高層マンションタイプではなく、一戸建てのVillaタイプ。敷地内にはVillaの他に公園やショッピングセンターはもちろんのこと、インターナショナルスクールも建てられている。近くには工業団地が多く、通勤にも便利な立地である。
- ビンホームズドリームシティ(Vinhomes Dream City)※開発中
場所:フンイエン省
規模:居住人数65,000人
ハノイ市中心部まで車で40分、また近年著しい経済発展を遂げており、日系企業も多く進出するハイズオン省まで車で1時間という場所に位置している。開発面積が約458haとかなり大規模な開発案件であり、アパートだけでなくVillaやショッピングセンター、公園等により構成されている。すでに一部の物件は先行販売が為されている。
ノバランド:南部の中小規模開発に特化した業界2番手
ノバランドの歴史は、前身となる1992年に設立されたタンニョン貿易有限会社から始まる。タンニョン社はもともと獣医用の医薬品、家畜の飼料の販売を行っていた。その後同社は不動産投資・開発事業も行うようになる。2007年には医薬品・家畜の飼料販売はアノバ株式会社へ、そして不動産事業はノバランドへと事業が再編された。
ビンホームズがベトナム全国の郊外における大規模な不動産開発に注力しているのに対して、ノバランドはホーチミン市を始めとする南部の各都市において、中小規模の不動産開発に注力している。またノバランドはビンホームズに比べてよりハイエンド向けの物件開発・販売に早くから注力していた。まだベトナムの経済が現在ほど発展していなかった時代には、ノバランドの物件は価格が高すぎて誰も購入しないと思われていたが、現在では高級なレジデンス物件が発売直後に完売してしまうほどの人気を集めており、同社の経営判断が正しかったことが証明されたと言えるだろう。
ノバランドのこれまでの実績
ノバランドがこれまで開発してきた実績には以下のものがある。
- サンライズシティ(Sunrise City)
場所:ホーチミン市7区
規模:2,200戸
サンライズシティのプロジェクトは同じく不動産ディベロッパーのヒムラム社から買収した案件であり、ノバランドに取って最初のプロジェクトであった。当時は「このようなハイエンド向けの物件販売はベトナムではまだ早い」と言われていたが、実際は予測を上回る人気を集め、物件の販売は大成功に終わった。
- サイゴンロイヤル(Saigon Royal)
場所;ホーチミン市4区
規模:440戸
2019年に完成した、ホーチミン市の中心部に立地するハイエンド向けレジデンス。すぐ隣にはサイゴン川が流れており、主要道路にも面しているため風景、交通の便ともに高い評価を受けている。
ビンホームズとノバランドの財務情報比較
両社の概要を確認したところで、さっそく両社の財務情報の分析に入りたい。今回もこれまでと同じように、両社が公表した決算書を参考にしていきたい。Vietbizではこれまでいくつかのベトナム企業の財務情報分析を行ってきたので、下記の記事も参考にしていただきたい。
ビンホームズの損益計算書
まずはビンホームズの過去4年間の売上・利益の実績を見ていきたい。
ビンホームズの売上高は2017年の15兆2970億VNDから、2020年には71兆5460億VNDへと56兆VND増加しており、年平均成長率(CAGR)は67.2%にもなる。純利益についても順調に増加しており、4年間で1兆5,650億VNDから28兆2,070億VNDにまで増加している。
ちなみに、
ビンホームズの売上構成
ここでは2017年と2020年のビンホームズの売上構成を図示しているが、不動産の販売売上が8割以上を占めているという点で、ビンホームズの方針に大きな変化はないと言えるだろう。2017年では娯楽施設の収益、および医療サービスが売上に含まれているが2020年には含まれていない理由には、それぞれ娯楽施設関連はビンパールに、医療サービスはビンメックに、各グループ企業へ業務が引き継がれたことによるものだと考えられる。
ノバランドの損益計算書
一方でノバランドの過去4年間の売上・利益の実績はどのようになっているだろうか。
ベトナムの2大不動産ディベロッパー:「ビンホームズ」と「ノバランド」を徹底分析:
ビンホームズとの比較のために、縦軸の縮尺を揃えて表示している。売上高については2017年から2018年までは増加しているものの、その後2020年にかけて減少している。一方で、純利益は2017年から2020年まで一貫して増加を続けている。
売上の規模は、2017年時点ではビンホームズと大きな差はなかったものの、徐々にビンホームズとの差が大きくなり、2020年には売上高で14倍、純利益では7倍もの差がついている。しかし大規模開発を続けるビンホームズに対し、ノバランドは都市部のマンション等の中規模開発に注力しているため、売上規模で差がつくのはあくまで企業の方針の違いであるとも言えるだろう。
ノバランドの売上構成
ノバランドの売上構成で、不動産販売が大部分を占めているのはビンホームズと同様である。ノバランドの特徴は2017年から2020年にかけて、「経営・販売コンサルティング」の売上が占める割合が大きくなっているということである。ノバランドが行うコンサルティングとは、設計や施工管理だけでなく不動産販売や販売企画までも行っている。コンサルティングの売上が増加したのはちょうど2020年からで、前年の6,865億VNDから1兆2,536億VNDと2倍近くに増えている。2020年7月にはフランスの高級ホテルチェーンであるノボテル社がドンナイ省ビエンホア市にオープンする新ホテルに対する建設・経営コンサルティング契約を締結している。今後もノバランドはコンサルティング事業に力を入れていくものと考えられる。
両社の純利益増加を下支えした「金融収益」
両社の売上総利益と営業利益に注目すると分かるように、2020年においてビンホームズとノバランド両社において営業利益が売上総利益を上回っていることが分かる。これには両社の「金融利益」が2020年度に大きく計上されているためである。
ベトナムの会計基準における営業利益とは、売上総利益から一般管理費を引いた上に、金融収益・費用を加えたものである。金融収益とは受取利息、子会社の売却益、為替差損益等が含まれている。
ビンホームズの金融収益
ビンホームズの2020年の金融収益は20兆2448億VNDで、2019年の9兆458億VNDから2倍以上に増えている。また2020年のビンホームズの売上総利益が25兆9361億VNDであるから、売上総利益の80%近くの金融収益を計上していることになる。
ビンホームズの金融収益の内訳は以下のようになっている。
項目 | 2020年(当期) | 2019年(前期) |
子会社の持分の処分益 | 16兆8,862億VND | 1兆4,928億VND |
貸付・保証金・送金手数料益 | 2兆4,306億VND | 2兆3,770億VND |
グループ企業からの利益配分 | 7,512億VND | 5兆1,746億VND |
その他の金融収益 | 1,768億VND | 13億VND |
合計 | 20兆2,448億VND | 9兆458億VND |
2020年で最も大きい割合を占めているのは「子会社の持分の処分益」である。2020年期中にビンホームズはMV不動産株式会社、S-Vin株式会社そしてMV1株式会社の3社の持分をそれぞれ80-90%売却している。この売却益が金融収益として大きく計上されているため、売上総利益よりも営業利益が大きくなっている。
ノバランドの金融収益
ノバランドの2020年の金融収益は6兆2,103億VNDであり、2019年の1兆272億VNDと比較すると6倍以上にまで増加している。また2020年のノバランドの売上総利益が1兆8329億VNDであるため、売上総利益よりもはるかに多い営業収益を計上していることになる。
ノバランドの金融収益の内訳は以下のようになっている。
項目 | 2020年(当期) | 2019年(前期) |
子会社の持分の処分益 | 3兆3,579億VND | 2,146億VND |
段階取得に係る再評価益 | 2兆3,844億VND | 4,603億VND |
貸付金の受取利息 | 2,047億VND | 465億VND |
預金の受取利息 | 1,465億VND | 2656億VND |
為替差益 | 613億VND | 360億VND |
その他の金融収益 | 554億VND | 43億VND |
合計 | 6兆2,103億VND | 1兆272億VND |
ノバランドの場合も、ビンホームズと同じく「子会社の持分の処分益」が大きい割合を占めている。ノバランドは2020年期中にPhong Dien株式会社、Nova Nippon株式会社そしてSun City株式会社の完全売却、およびPhu Dinh Port株式会社、Phu Tri株式会社の株式の一部を売却している。
また段階取得に係る再評価益とは、もともと持分を保有していたThanh My Loi株式会社の支配を獲得(子会社とする)したことによる元々の持分の再評価益である。
2020年から始まったコロナ禍が子会社持分売却の原因か
両社がどのような意図を持って子会社の持分を売却したかについては決算書に記されていないが、2020年の不動産業界もコロナ禍において大きな打撃を受けていた。そのため、子会社を保有することによる将来の収益が見込めなくなった、または本業である不動産販売が不振であったため収益を下支えする必要があった等のネガティブな原因が考えられる。
一方で、来期以降に大規模な開発を行うための資金調達のため、といったようなポジティブな原因も考えられる。正確な原因を知るためには2021年以降の両社の事業活動に注目していくい必要があるだろう。
不動産ディベロッパーから投資会社へ
また、金融収益が全体の収益の大きな部分を占めているということは、両社が不動産開発企業としてだけでなく、投資会社としての顔を持ち始めていることを意味している。両社は以前から積極的なM&Aを行ってきており、今後買収した子会社や持分を売却することによりキャピタルゲインを得ていくビジネスモデルへと転換していく可能性もあるだろう。
結論:今後のベトナム不動産業界の行方
ここまで、ビンホームズとノバランドの財務情報から、両社の利益構造の分析や今後の方針についての予測を行ってきた。今はコロナ禍により案件がストップしているものの、今後ベトナムはスマートシティ等を含む新都市の開発や、ハイエンド向けレジデンスの建設が加速していくと考えられる。現状でも毎年10以上の都市開発が国内で行われており、またホーチミン市やハノイ市等の各都市では次々と高層マンションが建設されている。今後も不動産開発セクターは堅実に成長していくと考えられる。
その中でビンホームズやノバランドは、自社による不動産開発だけでなく、関連企業への投資や開発・建設コンサルタントとしての役割を担うことも増えていくと考えられる。今後のベトナム不動産業界の行方を占うためにも、業界をリードする2大企業の動向に注目していく必要があるだろう。
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