製造業M&Aで見落とされがちな「人」のリスク
ベトナムでの製造業M&Aにおいて、財務諸表や契約書だけでは見えてこないリスクがあります。それが「人」に関するリスクです。
例えば、買収前の財務DD・法務DDでは大きな問題が確認されなかったにもかかわらず、買収後に現場のキーパーソンが退職し、生産管理や取引先対応の引き継ぎが円滑に進まなくなるケースがあります。
組織図上では複数の管理職が配置され、業務分掌も整理されていても、実際には特定人物の経験、人脈、判断力によって事業が成り立っていることがあります。「誰がどの業務を実質的に担っているのか」「その人物が離職した場合に代替できる人材がいるのか」といった実態は、書類だけでは十分に把握できません。
また、人事・労務面では、残業時間、給与体系、社会保険、労働契約などについて、社内規程と実際の運用に差が存在する場合があります。買収後にこうした問題が判明すれば、追加コストだけでなく、従業員対応や行政対応、PMI(買収後統合)にも影響する可能性があります。
こうしたリスクをM&Aの意思決定前に可視化するのが、HRDD(Human Resources Due Diligence:人事デューデリジェンス)です。
財務DD・法務DDだけでは見えないもの
M&Aにおいて財務DD・法務DDは不可欠です。しかし、それだけでは対象企業の事業継続性を判断するための情報が十分に得られない場合があります。
特に製造業では、以下のような「人と現場」に関する要素が企業価値を実質的に支えています。
- 現場を実際に動かしている経営陣、工場長、中間管理職は誰か
- 特定の人物にどの程度、意思決定や取引先との関係が集中しているか
- 離職率、残業時間、給与水準はどのような状況にあるか
- 労働契約、給与台帳、社会保険関連資料などと実際の運用は整合しているか
- 人事評価や調達・販売などの意思決定に属人的な要素がないか
- M&A後も現在の組織・生産体制を維持できるか
こうした論点は、財務諸表や登記情報だけを確認しても十分には見えてきません。
また、管理部門へのインタビューだけでは一般的な回答にとどまり、現場の実態まで把握できないこともあります。そのため、書類、人事データ、経営陣へのヒアリング、現場責任者への確認など、複数の情報源を組み合わせて検証することが重要です。
財務DD・法務DDを代替するのではなく、それらを補完し、「買収後もこの組織が継続して機能するのか」という視点から対象企業を検証することがHRDDの役割です。
HRDD(人事デューデリジェンス)とは
HRDDとは、M&A、出資、組織再編などに先立ち、対象企業の人事・組織・労務に関する実態とリスクを検証するプロセスです。
製造業において重要なのは、人事関連書類が形式的に整備されているかだけではありません。買収後も工場を安定的に稼働させ、事業を継続できる組織になっているかを確認する必要があります。
例えば、製造業のHRDDでは、以下のような論点が重要になります。
- 経営体制、組織構造、実際のレポートライン
- キーパーソンへの依存と後継者・代替人材の有無
- 直接・間接労働者の構成と人員推移
- 離職率や新規採用者の定着状況
- 残業時間と労働時間管理
- 給与、賞与、手当などの報酬体系
- 労働契約、社会保険、就業規則などの労務コンプライアンス
- 人事・調達・販売などにおけるガバナンス上の課題
ただし、HRDDで確認すべきポイントは、業種によって大きく異なります。
例えば、労働集約型の縫製・繊維産業と、高度な技術人材への依存度が高い企業では、人材リスクの見方は同じではありません。農業・食品関連企業では季節労働者や生産拠点の人員管理、金融・専門サービスでは資格保有者や専門人材への依存など、それぞれ異なる論点が重要になります。
そのため、本記事で紹介する内容は、ベトナムの製造業において一般的に想定される論点を例示したものであり、ONE-VALUEが実際のHRDDで使用する調査項目や分析手法のすべてを示すものではありません。
実際のプロジェクトでは、対象企業の業種、事業モデル、サプライチェーン、人員構成、M&Aの目的などを踏まえて調査設計を行う必要があります。
ONE-VALUEのHRDDが選ばれる理由
ONE-VALUEは、日系企業によるベトナム企業へのM&Aや事業投資を支援する中で、HRDDを含む企業調査・経営分析を行ってきました。
ONE-VALUEがHRDDで重視しているのは、単に人事関連資料をチェックし、「リスクがある・ない」を判定することではありません。
買収側の経営判断という視点から、何が重要な論点なのか、企業価値や買収後の経営にどのような影響を与える可能性があるのか、そしてM&A後に何を優先して対応すべきなのかまで整理することを重視しています。
実際の支援案件では、日系企業の担当者から、抽象的なリスク指摘だけではなく、重要性、想定される影響、対応の方向性まで整理されているため、社内での投資判断や経営層への説明に活用しやすいとの評価をいただいています。

① 現場に即した実務目線での分析
人事規程や契約書だけではなく、対象企業の組織構造、工場運営、人員配置、意思決定の実態まで確認し、「書類上の制度」と「実際の運用」のギャップを分析します。
② リスクの重要度を踏まえた評価
すべての問題を同列に並べるのではなく、重要度や企業価値への影響を踏まえて整理します。
特に、M&Aの意思決定に影響する事項と、買収後のPMIで改善すべき事項を可能な限り区別することで、買収側が次のアクションを判断しやすい形にまとめます。
③ 日本側の意思決定者に伝わる報告
ONE-VALUEでは、調査結果を単なる情報の羅列ではなく、結論、根拠、想定される影響、対応の方向性が分かる形で整理します。
ベトナム現地で確認された事実を、日本本社の経営層やM&A担当者が理解し、投資判断に利用できる情報へ変換することもHRDD支援の重要な役割だと考えています。
④ 業界・サプライチェーンへの理解を踏まえた調査設計
HRDDは、人事制度だけを理解していれば十分というものではありません。
例えば、同じ離職率であっても、労働集約型の工場と専門技術者を中心とする企業では、事業への影響が異なります。また、営業担当者の退職が売上に与える影響も、代理店型、直販型、B2B受注型など、事業モデルによって異なります。
ONE-VALUEは、ベトナム市場での経営コンサルティングに加え、製造業をはじめとする多様な業界やそのサプライチェーンに属する企業との調査・ビジネス支援を行ってきました。
そのため、人事データを単独で見るのではなく、対象企業が属する業界、商流、組織構造、収益構造、サプライチェーンにおける役割と結び付けて人事リスクを分析できることを、HRDDにおける強みとしています。
現場で実際によく見られる人事リスクのパターン
以下は、ベトナムの製造業で想定されるHRDD上の論点を理解するため、一般化して整理した例です。特定企業の事例や、ONE-VALUEの具体的な調査手法を示すものではありません。
ケース1:特定の管理職・キーパーソンへの過度な依存
組織図上では複数の管理職が存在していても、実際には生産管理、重要顧客への対応、意思決定などが特定人物の経験や人脈に依存している場合があります。
こうした企業では、その人物が退職した場合、業務の引き継ぎだけではなく、顧客関係や社内意思決定にも影響が及ぶ可能性があります。
そのため、キーパーソンの特定、代替人材の有無、後継者育成の状況などは、M&A後の事業継続性を判断する上で重要な論点となります。
ケース2:常態化した残業と労働時間管理
製造現場では、生産量、人員配置、繁忙期などの影響により、一部部門に残業が集中する場合があります。
HRDDでは、単に「残業時間が多い」という事実だけを見るのではなく、その背景に人員不足、生産計画、採用難、管理体制など、どのような構造的要因が存在するのかを把握することが重要です。
ケース3:給与体系と社会保険に関するリスク
実際の給与構成と社会保険料の算定基礎との関係は、ベトナム企業を調査する際の重要な確認項目の一つです。
買収後に制度変更や是正が必要になった場合、人件費や従業員の手取り額にも影響する可能性があるため、制度面だけではなく財務インパクトも含めた検討が必要になります。
ケース4:キーパーソンと取引先との関係
経営陣や主要株主、その関係者が、対象企業の販売先や仕入先などに関与しているケースでは、取引関係が会社そのものではなく、特定人物との関係によって維持されていないかを確認することが重要です。
M&Aによって株主や経営陣が変わった後も、その取引が継続するのかという点は、企業価値を評価する上でも重要な論点になります。
ケース5:ガバナンス基盤の未整備
後継者計画、内部通報、評価制度、権限規程などが十分に制度化されておらず、経営陣の判断や長年の慣行によって運営されている企業もあります。
こうした企業では、M&A後に日本側のガバナンス基準を導入する際、想定以上に制度整備や組織改革が必要になる可能性があります。
HRDDで確認すべき5つの視点
ベトナムの製造業を例にすると、HRDDでは大きく以下の5つの視点から対象企業を確認することができます。
| 分析軸 | 主な確認内容 |
| キーパーソン依存度 | 主要ポジション、意思決定者、後継者・代替人材の有無 |
| 組織・人員構成 | 直接・間接労働者、部門別・拠点別人員、人員構成の推移 |
| 離職・人材定着 | 部門別・階層別離職、新規採用者の定着、人材確保上の課題 |
| 給与・労務コスト | 基本給、残業代、手当、賞与などの報酬構成 |
| 労務コンプライアンス | 労働契約、社会保険、就業規則、労使関係など |
ただし、これはあくまで一般的な製造業を想定した基本的な整理です。
実際のHRDDでは、この5項目を機械的に確認するのではなく、対象企業の業種・事業モデル・人員構成・M&A後の経営方針に応じて、重点的に検証する領域を設計することが重要です。
例えば、縫製・繊維、食品・農業、物流、IT、金融・専門サービスなどでは、重要となる人材、人員構造、コンプライアンス、事業継続上のリスクがそれぞれ異なります。
ONE-VALUEでは、こうした業界特性を踏まえてHRDDの調査設計を行い、対象企業ごとに重要性の高い論点を抽出します。
まとめ:M&Aの成否を分けるのは「人」の可視化
ベトナムでのM&Aでは、財務・法務面の確認に加えて、「買収後もこの会社を動かし続けられるのか」という視点が重要です。
特に製造業では、キーパーソンへの依存、離職、人員不足、残業、給与、社会保険、組織体制などの問題が、買収後の生産活動やPMIに直接影響する可能性があります。
そして重要なのは、HRDDにはすべての企業に共通する一つの正解があるわけではないということです。
製造業、縫製・繊維、農業・食品、物流、金融・専門サービスなど、対象企業が属する業界によって、人材が企業価値を生み出す仕組みも、確認すべきリスクも異なります。そのため、一般的なチェックリストだけではなく、業界と事業モデルを理解した上で「どこを見るべきか」を設計することがHRDDの品質を左右します。
ONE-VALUEは、ベトナムにおける経営コンサルティングやM&A支援に加え、さまざまな業界およびそのサプライチェーンに属する企業との調査・ビジネス支援を通じて、ベトナム企業の経営・組織・商流・現場実務に関する知見を蓄積してきました。
こうした経験を活かし、単に「労務上のリスクがある可能性がある」と指摘するだけではなく、そのリスクが事業や企業価値にどのような意味を持つのか、M&Aの意思決定やPMIにおいて何を優先すべきなのかまで整理するHRDD支援を提供しています。
ベトナム企業へのM&A・出資をご検討中で、人事・組織・労務面のリスクを買収前に把握したい場合は、ONE-VALUEまでご相談ください。
