HRDDとは何か―現代のDue Diligenceにおける位置づけ
HRDD(人事デューデリジェンス)とは、買収対象企業の人事制度、組織体制、人材の質、労務関連の義務やリスクを包括的に確認するプロセスである。単に従業員数や給与水準を確認するだけではなく、買収後にその組織が継続的に価値を生み出せるかを見極める点に特徴がある。
法務 DDが契約、保険、就業規則、法令遵守といった法的側面を中心に確認するのに対し、HRDDは組織の「健康状態」を見るものである。具体的には、人材の質、経営陣や中間管理職の安定性、従業員のエンゲージメント、報酬制度、組織文化、離職リスクなどが対象となる。
主な確認項目には、組織図、人員構成、給与・賞与・福利厚生、キーパーソンの特定、労働紛争リスク、人事評価制度、HRISなどの人事システムが含まれる。特にIT、AI、半導体、再生可能エネルギーといった成長分野では、企業価値の多くが専門人材に依存しているため、HRDDの結果が企業価値評価に直接影響する。
2025年のベトナムM&A市場でHRDDが重要視される理由
ベトナムM&A市場は、停滞局面を経て2025年に力強い回復を示している。最新の集計データによると、2025年のM&A件数は367件、開示ベースの取引総額は8.72 Bil USDとなり、2024年の6.93 Bil USDから26%増加した。うち海外投資家は取引総額の53.6%を占め、日本とタイからの資金が引き続き大きな存在感を示している。
2025年から2026年にかけてのM&Aの特徴は、単なる件数拡大ではなく、案件の質がより重視される点にある。日本企業は以前のように成長期待だけで買収を進めるのではなく、企業統治、人材基盤、労務管理、買収後の統合可能性をより厳格に確認するようになっている。
この流れの中で、Due Diligenceにおけるリスク評価の対象は、財務や法務にとどまらない。特にベトナム企業買収では、「人材」という無形資産の価値をどう見極めるかが重要になっている。HRDD、すなわち人事デューデリジェンスは、キーパーソンの流出、潜在的な人件費、労務リスク、企業文化の統合可能性を把握するための不可欠なプロセスである。
ベトナム企業買収でHRDDを省略すべきでない理由
日本企業の中には、M&Aにおいて財務 DDや法務 DDを優先し、HRDDを補足的な確認項目と捉えるケースも少なくない。しかし、2025年のベトナム市場では、人事・労務リスクが以前より複雑化している。
第一に、HRDDは人事関連の隠れ債務を明らかにする。ベトナム企業の中には、退職手当の引当が十分でない企業や、帳簿上に明確に記載されていない賞与・インセンティブの約束を抱える企業もある。税務・社会保険管理が強化される中、こうした債務は、労働集約型の製造業では数百万USD規模の追加コストにつながる可能性がある。
第二に、HRDDは現在の人材が買収後の成長計画を支えられるかを評価する。2025年の企業価値評価は、景気回復への期待を背景に高めに設定される傾向がある。しかし、買収対象企業が一部のエンジニアや管理職に過度に依存している場合、その人材が離職すれば、買収時に想定した成長シナリオは大きく崩れる。
つまり、HRDDは単なるリスク確認ではなく、「その企業を本当に買う価値があるのか」「買収後に想定通りの収益を生み出せるのか」を判断するための重要な材料である。
HRDDを省略した場合に発生しうる主なリスク
ベトナム企業買収においてHRDDを十分に行わない場合、買収後に深刻な問題が表面化する可能性がある。
最も大きいリスクは、買収後の大量離職である。M&A公表後、従業員の間では雇用条件、評価制度、経営方針への不安が高まりやすい。特にキーパーソンを事前に特定し、適切なリテンション施策を講じていなければ、買収直後に中核人材が流出し、企業価値が30〜50%毀損する可能性もある。
次に、企業文化の衝突がある。日本企業は精緻なプロセス、合意形成、リスク管理を重視する傾向がある。一方、ベトナム企業は柔軟性やスピードを重視する場合が多い。この違いを事前に把握しないまま統合を進めると、意思決定の遅れ、現場の混乱、管理職間の摩擦が生じやすくなる。
さらに、PMIに伴う人事統合コストも無視できない。給与水準、福利厚生、評価制度、就業ルールに大きな差がある場合、制度の統一には追加コストが発生する。HRDDでこれを見積もっていなければ、買収後の利益計画が大きく下振れする。
加えて、労務コンプライアンス上のリスクもある。雇用契約の不備、従業員分類の誤り、社会保険関連書類の不足、就業規則の未整備などは、訴訟や行政処分につながりかねない。こうした問題は、契約締結前に把握しておくべき重要な論点である。

2026年のM&AでHRDDが確認すべき主要項目
ベトナム企業を対象とするHRDDでは、複数の観点から組織と人材を確認する必要がある。
第一に、労働力の構造とデータ分析である。従業員数、年齢構成、勤続年数、部署別の離職率、管理職層の厚み、代替困難な人材の有無を確認する。特にIT企業や製造業では、一部の技術者や現場責任者に業務が集中しているケースも多く、キーパーソン依存リスクを丁寧に評価する必要がある。
第二に、給与・賞与・福利厚生の確認である。基本給、KPI賞与、手当、社会保険、社内福利厚生を確認し、業界ベンチマークと比較することで、買収後に発生しうる人件費の増加を予測する。
第三に、労務コンプライアンスと人事管理システムである。就業規則、労働契約、労働協約、勤怠管理、給与計算、人事評価制度、HRISの整備状況を確認する。買収後のデータ統合や制度統一を想定した場合、システム面の互換性も重要な評価項目となる。
第四に、企業文化とリーダーシップである。既存経営陣のマネジメントスタイル、意思決定プロセス、従業員の受け止め方、日本企業のオーナーシップへの適応可能性を確認する。これらは数値化しにくいが、PMIの成否を左右する重要な要素である。

HRDD実施に必要な全ステップのチェックリストについては、こちらからONE-VALUEまでお問い合わせください。
日本企業への示唆-HRDDをPMI計画と結びつけるべき理由
ONE-VALUEは、日本企業がベトナム企業買収を検討する際、HRDDを企業価値評価と並行して実施すべきだと考えている。HRDDは問題点を指摘するためだけの作業ではない。買収後のPMI、人事統合、組織再設計、従業員コミュニケーションの基盤となるものである。
HRDDの結果は、まずSPA(株式譲渡契約)や取引条件に反映されるべきである。たとえば、キーパーソンとの再契約、一定期間の在籍維持、労務関連書類の整備をクロージング前提条件とすることが考えられる。
また、Earn-outの設計にも活用できる。買収価格の一部を、買収後1〜2年の人材定着率や組織パフォーマンスに連動させることで、売り手側にも人材維持へのインセンティブを持たせることができる。
さらに、買収発表後の社内コミュニケーション計画にもつながる。従業員に対して、雇用条件、評価制度、経営方針、組織変更の方向性を適切に伝えることは、不安を抑え、離職リスクを低減するうえで不可欠である。
ONE-VALUEによるHRDD・M&Aアドバイザリー支援
ONE-VALUEは、日本企業によるベトナムM&Aを支援してきた実務経験をもとに、HRDDおよびM&Aアドバイザリーを一体で提供している。単なる書類確認にとどまらず、現地の労務慣行、組織文化、従業員心理を踏まえた実務的な支援を行う点に特徴がある。
具体的には、ベトナムの労働法制と現地実務に精通した専門家が、労務関連書類、人事制度、給与・福利厚生、労働契約、潜在的な労務リスクを精査する。また、キーパーソンの特定とリテンション施策の設計を通じて、買収後の人材流出リスクを低減する。
さらに、ONE-VALUEはPMI支援として、日本企業とベトナム企業の間に存在する文化・制度・コミュニケーション上のギャップを整理し、人事制度の統合、組織再設計、従業員向け説明、マネジメント体制の見直しを支援する。
ONE-VALUEの強みは、日越双方の言語とビジネス文化を理解する専門チームにある。特に、インタビュー調査や現地ヒアリングを通じて、書類だけでは見えない従業員の本音、経営陣の考え方、組織内部の摩擦要因を把握できる点は大きい。これにより、買収前のリスク把握だけでなく、買収後の実行可能な統合施策まで提案できる。
まとめ
2025年以降のM&Aでは、企業価値の源泉が有形資産から人材、技術、組織能力、企業文化といった無形資産へ移りつつある。その中で、HRDDはもはや任意の確認項目ではなく、ベトナム企業買収を成功させるための必須プロセスである。
特に、IT、AI、半導体、製造業、再生可能エネルギーなど、人材の質が企業価値に直結する分野では、HRDDを省略することは大きなリスクとなる。買収後の大量離職、隠れた人件費、労務コンプライアンス違反、PMIの失敗は、いずれも買収前の段階で一定程度予見できる問題である。
日本企業がベトナムでM&Aを成功させるには、Financial DDやLegal DDだけでなく、HRDDを通じて人材・組織・文化の実態を把握し、その結果を企業価値評価、取引条件、PMI計画に反映させることが重要である。
ベトナム企業買収を検討している企業、または人事・労務リスクを含めたDue Diligenceを必要としている企業に対し、ONE-VALUEは初期調査、HRDD、M&Aアドバイザリー、PMI支援まで一貫して伴走可能である。具体的な案件や業界特性に応じた支援については、ぜひ個別に相談いただきたい。
ONE-VALUE株式会社(ONE-VALUE Inc.)について
ONE-VALUEは、1,000社以上の日本企業のベトナム進出を支援してきた総合コンサルティングファームです。
- 市場調査・戦略立案: 深い市場理解に基づくロードマップ策定。
- M&Aアドバイザリー: ターゲット選定からPMIまでの一貫支援。
- 販売・マーケティング代行: 代理店開拓から実務運用まで。
- 撤退支援(事業整理・清算支援): 事業整理、法人解散、清算手続などのサポート。
- エキスパート・プラットフォーム: 32分野5,000名以上の専門家への直接アクセス。詳細については、こちらよりご確認いただけます。
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