ベトナムの造船業の世界的立ち位置
一般社団法人日本船主協会(JSA)が出版している「海運統計要覧(2020)」に示された統計によると、現在ベトナムにて新たに作られた船舶の隻数は2018年で71隻であり、国別では中国、日本、韓国に次ぐ第4位の建造船舶隻数となっている。また総トン数で比較すると、中国、日本、韓国、フィリピンに次ぐ第5位となる。
船腹量で比較した際の建造実績の上位5か国のデータについて、総トン数を隻数で除した数字を比較すると下記の表のようになる。
非常に簡便的な比較方法であるが、右側の数値が大きいほど、平均して比較的大型の船舶を建造しているということが言える。5か国の中で最も数値が大きいのは韓国で67.9、次いでシンガポールの49.9、日本の31.7が続く。ベトナムは6.8に止まっており、造船隻数は多いものの、建造する船舶が小型のものであることが分かる。
一般的に船舶が大型になるほど、高い技術力と大型の造船設備が必要となる。現在ベトナム政府はより大型の船舶の建造を可能とするために造船所の拡張、および造船技術者の育成に取り組んでいる。今後、同業界の発展が進むにつれて、より大型の船舶の建造が増えてくる可能性はある。
ベトナム造船業界の歴史
ベトナム造船業についての詳しい解説の前に、ベトナム造船業の発展の歴史を振り返っておきたい。
ベトナム造船公社ビナシンの誕生
ベトナムの造船業界は主に当時運輸省の管理下で設立されたベトナム造船公社ビナシン(Vietnam Shipbuilding Industry Corporation)が牽引してきた。もともと運輸省の傘下にはいくつかの中小規模の造船関連公社が存在していたが、1996年にそれらが再編・集約される形でビナシングループが設立された。
ベトナム政府は造船業を国の一大産業に育てることを目標とし、ビナシングループに対しても造船設備の拡張等の多額の投資を行った。その結果、建造能力も増加し、国内だけでなく海外からの造船受注も増加する結果となった。当時のビナシングループの発表によると、日本からは三菱重工、兼松や伊藤忠商事といった企業がビナシンに船舶を発注しており、その他ドイツ、デンマーク等の欧州からの受注も多くなった。
ビナシンの解体、造船事業はビナシン子会社、関連会社に引き継がれる
しかし2008年のリーマン・ショックを発端とする金融危機により発注のキャンセルが発生。また業界関係者によると、もともと同社は納期の延期、不十分な品質での納品が相次いでおり、ビナシンへの発注キャンセルが続出した。これらを背景にビナシンの財務状況は悪化の一途を辿り、2010年に経営破綻、国内企業に大幅な事業譲渡が行われた。ベトナム政府はビナシングループの再編に関する首相決定No.926/QD-TTgを公布し、ペトロベトナム等の国営企業に複数の子会社、関連会社が移管された。
現在、ビナシングループはいくつかの造船子会社を残し、新たに造船産業公社(Shipbuilding Industry Corporation:SBIC)として事業を続けている。同社はいまでもベトナム造船業の中心的役割を担っており、また造船・舶用工業分野における技能実習生、特定技能外国人の送り出し機関としても活動している。また他にもビナシングループの子会社を引き打受けたペトロベトナムやベトナム海運総公社(ビナラインズ)、その他の民間企業などが造船施設を所有している。
ベトナムの造船業界における課題とポテンシャル
ベトナム政府は2014年10月に首相決定の形で「2020年までの越日協力枠組みにおけるベトナム工業化戦略及び2030年のビジョンを実施する造船産業発展行動計画」を発表している(No.1901/QD-TTg)。その中でベトナム政府は同産業の発展において複数の課題、および発展のポテンシャルがあるという認識を明らかにしている。ここではベトナム政府の認識を参考にしつつ、筆者独自の意見を含めながらベトナムの造船業におけるいくつかの課題と、それに付随する今後の発展のポテンシャルを整理する。
※以下、数値情報は全て2014年の政府発表時点
新造船の建造能力、および修繕能力はまだ低い、新設備の導入で拡大が可能
ベトナムにある各造船所の建造能力の合計は、設計上は年間約260万DWTであるが、実際の能力はその30%台の80~100万DWTである。これは国内需要の約50%(年間30~40万DWT)を満たしており、また輸出向けでは世界の造船市場の0.3~0.4%にあたる50~60万WTを占めている。今後、造船所の容量を拡大することにより、特に輸出向けの造船は伸び率が大きい。
修繕においては国内の需要の41.7~46%を満たす能力があるが、国内の造船所の多くが新造用であるため、国内の需要全てをカバーするには至っていない。こちらについても、修繕用の設備を新たに導入することによる仕事量の増加が見込める(国外でベトナム船舶の修繕を行うと、国内で行うよりもコストが高くなるため)。
裾野産業はまだ未発展、今後の技術発展の余地が起きい
ボイラーやエンジンなどの船舶設備や、旋盤、ドリル、フライス盤、圧縮機の工作機械、船舶クレーン、ポンプ、バルブ等の造船業用設備などは国内で生産が可能であるが、実際にはこうした裾野産業の発展速度は非常に遅く、国内調達率の目標を満たせていない。これらの裾野産業に対しては、外国の資本と技術を積極的に取り入れ、外資の力で発展を促進することが必要である。
優秀な人材の獲得がベトナムの造船業発展のキーポイント
国内の工科専門の大学や、中級労働者を養成する職業訓練施設により人材が育成されることで、労働力の量的ニーズは満たしつつあるものの、質的ニーズを満たすには至っていない。特に、国際的に技能レベルを証明できるような資格を有する技術者の数が非常に少なく、品質を担保することができない。また船舶の設計、特に中型以上の船舶に対する技術設計を担う人材が非常に少ない。これらを解決するためには、前述の課題と同じく外国資本の受け入れ、外国人技術者の招聘、国内における高いレベルの技術者を育成するための教育インフラの整備が不可欠である。また、現在ベトナムは日本をはじめとする各国に労働者の送り出し(技能実習生、特定技能外国人等)を行っている。外国で高度な技能を身に付けた人材を国内で上手く活用することも必要である。
ベトナムの造船業への投資可能性
上記で見てきたような複数の課題があるものの、今後ベトナムの造船業の発展ポテンシャルは非常に高い。下記では、ベトナムの造船業への投資ポテンシャルが大きい3つの理由について深掘りしていく。
造船業に関する投資優遇措置
ベトナムにおいて外国からの資本受け入れ(外国直接投資)についての規制・優遇政策等については2015年7月より施行された改正共通投資法(67/2014/QH13)にて規定されている。その中では一定条件を満たす投資案件については優遇措置を受けることが可能である旨が規定されており、優遇措置の対象となるプロジェクトの分野については、下記の分野が定められている。
上記表の3において、造船は投資奨励分野となっている。実際の優遇措置についてはプロジェクトごとに審査が為されるものの、ベトナム政府も造船業の育成に力を注いでいることから、各種優遇措置を受けられる可能性が非常に高い。
ベトナムの造船業界における優位性(人材の面から)
日本の造船業の歴史を振り返ってみると、かつては世界トップのシェアを維持していたものの、1980年代からの韓国の台頭、2000年代からの中国の台頭によりシェアが縮小した。
前回のレポートでも確認した通り、2018年時点では総トン数において、中国の建造量がトップとなっている。
これらの国々がなぜシェアを伸ばしてきたのかを振り返ると、平均賃金が低いことによる人件費の優位性があったこと、また日本からの技術者の起用等により技術力を向上させたこと、この2つが大きな要因であると思われる。
しかし両国が途上国から先進国へと発展していくにつれ、人件費における優位性は徐々に薄れていくと予想される。その結果、まだ平均賃金が低いレベルでとどまっているフィリピンやベトナム等の東南アジアの国々へと、造船ブームが移行していく可能性がある。
ベトナムは現在、多くの労働者が日本を始めとする諸外国にて働いており、我が国では技能実習生、または特定技能外国人として国内の各造船所で就労している。筆者はベトナム国籍の労働者を受け入れているいくつかの工場に訪れて取材を行った。その結果、ベトナム国籍の労働者の技能レベルは非常に高く、仕事への姿勢もとても真面目で、大きな戦力になっているという声が多くあった。
ある造船所では、JISや日本溶接協会等の技能検定を社員に参加させてみると、実技試験において得点上位層を占めるのは日本人ではなくベトナム人であるという。
彼らの一部は、日本に留まってそのまま国内の造船所で就労を続けるが、多くの人材はいずれ母国へと帰国することとなる。その際には、日本で経験を積んだ労働者が母国にて有能な工員として就労し、国全体の造船技術も向上していくことが期待される。
「2020年までの戦略・2030年までのビジョン」におけるベトナム政府の方針
2014年10月22日付でベトナム政府は No.1901/QD-TTgにて「2020年までの越日協力枠組みにおけるベトナム工業化戦略及び2030年のビジョンを実施する造船産業発展行動計画の承認」を発表した。そこでは、造船所システムの再編、裾野産業の育成、船舶消費および船舶修繕サービスの国内・輸出市場開発、高度・専門的・国際的人材の育成の大きく4つのテーマにて、外国企業・投資家の協力を呼びかける方針が記載されている。
いずれの項目においても、パートナー国(日本)からの資金・技術等の受け入れを誘致することが計画として定められている。
まとめ
本レポートでは、労働集約型であるという産業の特性を活かして中国・韓国の造船業が発展してきたという歴史を基に、今後ベトナムの造船業も同様に発展していく可能性が大きいことを確認した。また後半では、ベトナム政府が同業界の発展のために海外からの協力を大きく呼びかけている方針であることを見てきた。
造船業は海運業の発展と密接に結びついている。今後ベトナムの経済成長に伴い、海運が盛んになっていくことが予想される。そのため、ベトナム国内における造船のニーズも増加していく可能性がある。
今後もこのレポートでは、ベトナムの造船業界について注目していき、最新の情報をお伝えしていくこととしたい。