ベトナムで人材採用が難しくなっている。
そう聞くと、多くの企業は給与水準、求人媒体、紹介会社、福利厚生を見直す。しかし、採用費を増やしても「採っても辞める」「管理職が育たない」「日本人駐在員が細部まで判断し続ける」という状況が変わらない会社は少なくない。
私は、現在のベトナムの人材課題を、単純な採用問題として扱うべきではないと考えている。人が足りないこと以上に、採った人を戦力化し、管理職へ育て、意思決定を任せる仕組みが企業側にあるかどうかが問われているからだ。
- この記事で分かること
- 結論――人材不足の本質は「採用数」ではなく、組織能力を蓄積できるか
- 「人口1億人超」でも、必要な人材は簡単には採れない
- 賃金は上がる――ただし「給与を上げれば解決する」は半分しか正しくない
- 「能力不足」に見える問題の一部は、期待値の翻訳不足である
- 「任せる」とは放置することではない――権限移譲は5点セットで設計する
- 採用より先に「誰が辞めたら事業が止まるか」を把握する
- M&Aでは「人」をDDの最後に見ると遅い
- ベトナム政府も「人数」から「技能」へ重点を移している
- 日本企業が変えるべきは「人」より先に「仕組み」である
- 日本人管理職側にも、マネジメントの更新が必要である
- 日本人管理職を減らせばよいわけではない
- まとめ――安い人件費ではなく「人材生産性」で競う
この記事で分かること
- ベトナムで「労働力人口が大きいのに採用難」が起きる背景と、日系企業の事業拡大との関係
- 給与・採用媒体だけでは解決しにくい、役割・KPI・権限・報告・管理職育成の設計方法
- M&A・PMIで人材DDを早期に行い、重要人材のリスクを企業価値評価と取引条件へ反映する考え方
| Hoaの見解 私は、日本企業とベトナム人材の間に、能力差以上の「期待値の差」がある場面を何度も見てきました。日本人側は「そこまで言わなくても分かる」「問題があれば早めに報告してほしい」と考え、ベトナム人側は「何を、いつまでに、どの品質で、どこまで自分が決めてよいのか」を明確にしてほしいと考える。このズレを放置したまま「ベトナム人は報連相が弱い」「日本人は細かすぎる」と評価しても、組織は強くなりません。重要なのは、日本式を捨てることでも、ベトナム式に全面的に合わせることでもなく、両者の強みが出るように仕事のルールを再設計することです。ONE-VALUEは市場参入やM&Aだけでなく、その後に事業を動かす組織・人材まで含めて、日本企業のベトナム事業を支援したいと考えています。 |
結論――人材不足の本質は「採用数」ではなく、組織能力を蓄積できるか
2026年上期のベトナムの15歳以上の労働力人口は5,370万人に達する。一方、学位・資格を持つ労働者の比率は29.7%だった。JETROの2025年度調査では、在ベトナム日系企業の48.2%が「直近2年間で採用が困難になっている」と回答し、北部製造業では76.0%に達した。その一方で、2025年の営業利益を黒字と見込む企業は67.5%、今後1~2年の事業を「拡大」すると答えた企業は56.9%である。
つまり、現在の日系企業は「事業機会がない」のではない。むしろ事業を伸ばしたい企業が多いのに、それを実行する人材と組織能力が追いついていない。この局面で採用活動だけを強化すると、同じボトルネックを繰り返しやすい。採用、入社後の立ち上がり、役割・評価、権限移譲、管理職育成、登用、定着を一つの仕組みとして設計する必要がある。
私が強調したいのは、ベトナム人材の能力を一括りに評価することではない。企業側の仕事の渡し方、判断基準、会議、報告、評価が曖昧なために、本来の能力が発揮されていないケースがある。人材不足の時代ほど、「人を探す力」と同じくらい「人を活かす力」が競争力になる。
図表1は、「ベトナムには人が多い」というマクロ像と、日系企業が感じる採用難を同じ画面で示したものだ。労働力人口の大きさだけでは、企業が必要とする技能・管理能力の供給を判断できない。

「人口1億人超」でも、必要な人材は簡単には採れない
ベトナムは若い人口と大きな労働力を持つ国である。ただし、企業が必要としているのは働ける人の総数ではない。製造業なら設備保全、品質、生産管理、自動化、調達、顧客対応。物流なら拠点管理、工程改善、在庫管理。ITならプロジェクト管理や上流設計。小売・サービスなら店舗責任者、法人営業、データ分析など、事業拡大を任せられる人材である。
国家統計局(NSO)によると、2026年上期の労働力人口は前年同期比で約69万人増えたが、学位・資格保有率は29.7%にとどまる。この指標は実務能力そのものを測るものではないため、「残り約7割は技能がない」と読むべきではない。それでも、企業が求める専門性と労働市場全体の供給に差があることを示す参考指標にはなる。
ホーチミン市雇用サービスセンターも、2026年の市域の労働需要が31万3,000人を超えると予測している。FDIの拡大に加え、物流、金融、IT、サービス分野の成長が人材需要を押し上げ、特に適格人材の不足が続くとの見方だ。人材問題は人事部門だけのテーマではない。工場の増設速度、店舗展開、営業の現地化、M&A後の統合計画まで左右する経営上の制約条件である。
賃金は上がる――ただし「給与を上げれば解決する」は半分しか正しくない
2026年1月から、地域別最低賃金は平均7.2%引き上げられた。月額は地域Iが531万ドン、地域IIが473万ドン、地域IIIが414万ドン、地域IVが370万ドンである。さらに国家賃金評議会は、2027年1月から平均7.8%引き上げる案で合意し、政府では政令案の検討が続いている。2026年10月16日時点では、2027年分は正式施行前の案である点に注意が必要だ。
最低賃金は管理職や専門職の実勢給与とは異なる。しかし、人件費の基準線が上がり、外資・現地大手との人材獲得競争が強まる方向は明確だ。市場給与から大きく外れた報酬では採用も定着も難しい。給与競争力は必要条件である。
ただし、給与だけを上げても問題が解決しない企業は多い。優秀な人材ほど、「何を任されるか」「成果をどう評価されるか」「管理職に上がれるか」「意思決定へ参加できるか」「上司から学べるか」を見る。重要ポストを長期間日本人駐在員だけが占め、ベトナム人社員が課長・部長代理までは上がれても、予算や投資判断を持つ立場に届かなければ、本人にはキャリアの天井に見える。問題は国籍ではなく、昇進と権限の設計である。
「能力不足」に見える問題の一部は、期待値の翻訳不足である
日越の組織支援では、同じ出来事を日本人上司とベトナム人社員が全く違って説明する場面がある。日本人側は「報告が遅い」「自分で考えてほしい」「問題が起きてから言ってくる」と話す。一方、ベトナム人側は「どこまで自分で決めてよいか分からない」「先に相談すると自分で考えろと言われ、決めて進めると確認不足と言われる」と感じている。
私は、このズレを「日本人は細かい」「ベトナム人は報連相が弱い」という文化論だけで片付けない方がよいと考えている。日本企業の仕事には、長年の共同作業で形成された暗黙知が多い。例えば「報告する」という言葉の中に、事実、原因仮説、影響、対応案、推奨案、決定期限まで含むことを上司が期待していても、その期待が明文化されていなければ社員側には分からない。
必要なのは、「報連相を強化する」という標語ではない。どの事象を、どのタイミングで、誰へ、どの情報と選択肢を添えて報告するかという業務設計である。目的、期限、品質、優先順位、判断できる範囲を最初に明確にするほど、その後は任せやすくなる。
図表2の通り、人材施策は採用で終わらない。採用後の役割・KPI、権限、育成、評価・登用までがつながって初めて、採用コストが組織能力へ変わる。

図表3は、日越間で起きやすい「曖昧な期待」を仕事のルールへ変換した例である。文化の違いを説明するだけでなく、期限・品質・判断範囲へ落とすことが重要だ。

| 「人が育たない」を研修だけで解決しない ONE-VALUEでは、日本人管理職・ベトナム人管理職へのヒアリングを起点に、組織図、 役割分担、KPI、決裁権限、報告基準、会議体、評価・育成のつながりを診断します。 研修が必要な場合も、一般論ではなく実際の業務課題へ合わせて設計します。 お問い合わせはこちらから |
「任せる」とは放置することではない――権限移譲は5点セットで設計する
現地化を進めようとして「日本人が細かく管理しすぎた。これからは現地社員へ任せよう」と一気に権限を渡す企業もある。しかし、権限だけを渡すことは現地化ではない。判断基準も報告線もない状態では、本人も組織もリスクを負う。
第一は成果責任である。何を達成すれば成功なのかを3~5個程度のKPIに絞る。営業部長なら売上だけでなく粗利、回収、新規顧客などを組み合わせる。第二は決裁権限である。値引き、購買、採用、契約などについて、本人が単独で決められる範囲を明確にする。
第三は上位報告の基準である。重大クレーム、納期遅延、品質事故、契約変更、支払遅延などを、何日以内ではなく必要に応じて何時間以内に誰へ上げるかを決める。第四は管理の周期である。週次会議、月次レビュー、1on1、四半期評価を同じ目的で行わず、それぞれ「差異を把握する」「原因と対策を決める」「能力開発を行う」など役割を分ける。
第五は能力開発である。役職を与えれば管理職になるわけではない。予算管理、問題解決、部下育成、顧客交渉、進捗管理、報告と代替案提示など、役割ごとに必要な力を実案件で育てる。ここまで設計して初めて、「任せる」が成立する。
短期的には、日本人管理職が自分で処理した方が速い場面も多い。しかし、上司が仕事を回収し続ければ、部下は判断する経験を積めない。その合理性を毎日積み重ねた結果、3年後も同じ駐在員が同じ承認とトラブル対応を続けている――この状態こそ、人材不足を企業自身が再生産していると言える。
権限移譲を成功させる条件は、「任せる意思」ではなく仕組みの有無である。図表4の5点をセットで設計すれば、品質や統制を守りながら現地管理職へ判断経験を移せる。

採用より先に「誰が辞めたら事業が止まるか」を把握する
人材不足の議論は、新規採用人数へ偏りやすい。しかし企業価値への影響が大きいのは、「失ってはいけない人材」を失うことだ。設備の癖を知る保全責任者、主要顧客との関係を一人で持つ営業責任者、政府・工業団地・税務当局との実務を知る管理責任者、原価計算のロジックを理解する財務責任者。こうした人材が退職すれば、同じ肩書の後任を採っても能力はすぐには戻らない。
組織診断では、人数表だけでなく「キーパーソン・マップ」を作るべきである。誰がどの顧客関係を持つか。属人化した業務は何か。退職時に売上、品質、許認可、回収へどの程度影響するか。後継候補はいるか。知識は文書化されているか。本人に2年後も会社に残る理由があるか。これは人事施策であると同時に、事業継続管理である。
同時に、採用から入社90日までの立ち上がりも見直したい。採用時に伝えた役割、入社後に任せる仕事、評価基準がずれていれば早期離職につながる。採用、入社時の立ち上げ、育成、評価、登用を一つの流れとして見ると、どこで人材が失われているかが分かりやすくなる。
M&Aでは「人」をDDの最後に見ると遅い
この論点はM&Aでさらに重要になる。ベトナム企業を買収する際、日本企業は財務、税務、法務のデューデリジェンス(DD)を早期に行う。一方、人材・組織については「買収後のPMIで考える」と後回しにされることがある。しかし、オーナー企業では企業価値の大きな部分が人に埋め込まれている。
売上の大部分を創業者が持っている。主要サプライヤーとの価格交渉を創業者しかしていない。工場長が設備ノウハウを頭の中に持っている。財務責任者しか実際の資金繰りを理解していない。営業部長の退職に顧客が追随する可能性がある。こうした会社を利益倍率だけで評価すれば、数字は買えても事業運営能力を買えないことがある。
そのため、事業DD(BDD)の段階から経営者面談と組織マッピングを始め、創業者依存、第二経営層、重要人材の定着、報酬体系、意思決定構造、営業インセンティブ、離職率、採用難易度を把握する必要がある。人材リスクは報告書の注意事項で終わらせず、企業価値評価と取引条件へ反映する。
例えば創業者依存が高い場合、価格を一律に下げる以外にも、段階取得、業績連動対価(アーンアウト)、一定期間の在任、競業避止、重要人材への定着報酬などの設計がある。買い手が恐れているリスクを分解し、価格、支払時期、株式保有、在任期間、KPI、補償、ガバナンスへ配分する。これが、DDを交渉とPMIにつなぐ意味である。
人材DDは、買収後の人事制度づくりではなく、投資判断そのものに関わる。図表5のように、経営者依存やキーパーソンのリスクを企業価値評価・契約条件・PMIへ一続きで扱う必要がある。

ベトナム政府も「人数」から「技能」へ重点を移している
政策からも、人材の「量」だけでなく「質」が国家課題になっていることが分かる。政府は2026年2月24日付Decision 328/QĐ-TTgで、2030年まで毎年約150万人の農村労働者を訓練・再訓練し、修了者の85%超が就業することなどを目標に掲げた。職業教育戦略では、2030年までに学位・資格を持つ訓練済み労働者の比率を35~40%へ高める方向も示されている。
さらに2026年8月11日にはDecision 1528/QĐ-TTgが公布され、2030年までの国家AI人材開発プログラムが承認された。高付加価値産業へ産業構造を移すほど、AI、半導体、自動化、データ、品質、物流などの人材需要も強まる。人材供給が増えても、需要がそれ以上に増えれば採用難は続く。
したがって企業側も、「市場から完成品の人材を買う」発想だけでは限界がある。採る、育てる、任せる、評価する、残す。この一連を企業の投資として扱う必要がある。
日本企業が変えるべきは「人」より先に「仕組み」である
では、何から始めるべきか。私は、いきなり全社員研修を実施するより、まず仕事の流れと意思決定を診断することを勧めたい。例えば営業なら、見込み客獲得、商談、見積、価格承認、契約、納品、請求、回収までの流れを描き、各工程で誰が実行し、誰が最終責任を持ち、誰に相談し、誰へ共有するかを確認する。
ここで現地法人社長や日本人部長がほぼ全工程の最終承認者になっていれば、社員の能力だけを問題にしても改善しにくい。次に、管理職ごとのKPIと権限を設計する。研修は、その役割を果たすために不足している能力へ合わせる。論理思考を教えるなら実際の社内案件を使い、「事実→論点→原因→選択肢→推奨案」へ組み立てる。進捗管理を教えるなら、自社の案件をWBSに分解させる。報連相を教えるなら、実際のトラブルを題材に報告の基準を決める。
研修の目的は「学んだ」ことではない。翌日の仕事の行動が変わることである。そのためには、研修内容と評価、権限、上司のマネジメントをつなげなければならない。
日本人管理職側にも、マネジメントの更新が必要である
人材育成というと、ベトナム人社員だけを研修へ出す発想になりやすい。しかし、日越組織では日本人管理職側の変化も欠かせない。日本語で曖昧に依頼しても、日本人同士なら文脈で補える場合がある。多国籍組織では、目的、成果物、期限、品質基準、優先順位を明確にした方がよい。
「なるべく早く」はいつか。「きちんと調べる」は何社か。「一度まとめて」はExcelかPowerPointか、結論は必要か。「問題があれば報告」は、どの程度からか。こうした期待値を明確にすることは、細かく管理することとは違う。最初に判断基準を共有するからこそ、その後に任せられる。
同時に、現地社員の提案へ毎回「日本ではこうしていた」という正解を返し続ければ、社員は提案しなくなる。逆に、現地側の意見を無条件に採用することも経営ではない。「なぜそう考えるのか」「根拠は何か」「代替案は何か」「失敗時の影響は何か」を問い、判断の過程を共有すること自体が管理職育成になる。
日本人管理職を減らせばよいわけではない
ここで、「日本式の品質やコンプライアンスを守るには、日本人管理職が必要ではないか」という反論がある。この懸念は正しい。現地化のKPIを日本人駐在員数に置くべきではない。重要なのは、誰が担当するかではなく、必要な品質で再現可能に仕事が回ることだ。
品質基準、承認権限、内部統制、監査、重大事故対応など、企業として守るべき基準は明確に残す。そのうえで、顧客ごとの営業施策、採用チャネル、地域の販売先・仕入先との交渉など、現地情報が価値を持つ判断は現地へ移していく。大型投資、重大品質事故、ブランド毀損リスクなどは本社や経営会議に留保する。
「日本人かベトナム人か」という二択ではない。どの判断を、誰が、どの基準で行い、どこから上位承認に切り替えるかという意思決定権限の設計が必要なのである。
まとめ――安い人件費ではなく「人材生産性」で競う
ベトナムは今後も、日本企業にとって重要な製造・消費・サービス市場であり続ける可能性が高い。ただし、「人件費が安く、人が豊富な国」という前提だけで組織を設計する時代は終わりつつある。最低賃金は上がり、技術者、営業、管理職をめぐり、日本、韓国、中国、台湾、欧米、ベトナム企業が競争する。
この環境で強い企業は、最も安く人を雇える企業ではない。同じ100人から高い生産性を生み、優秀な人へより大きな仕事を任せ、管理職を内部から育て、知識を組織へ残せる企業である。市場参入の段階から、日本人が持つ機能と現地化する機能を設計する。採用市場を調べ、入社後はKPIと権限を明確にする。M&AならDD段階で重要人材を特定し、取引条件と定着策へ反映する。PMIでは初日から報告線と意思決定権限を明確にする。
ベトナムで「人が採れない」と感じたとき、求人広告を増やす前に一度問い直してみてほしい。本当に足りないのは人なのか。それとも、人を活かす仕組みなのか。この問いへの答えによって、次に投資すべき対象は大きく変わる。
| ベトナム現地法人の人材課題を、経営課題として診断する ONE-VALUEは、ベトナム現地法人の組織・人材診断、日越双方への経営・管理職インタビュー、組織図・ RACI・KPI・決裁権限・評価制度の設計、管理職育成、採用市場調査、M&Aにおける人材・組織DD、 重要人材の定着設計、PMI初日の組織・報告線・権限設計まで支援します。 「採用できない」「管理職が育たない」「駐在員依存が下がらない」といった課題を、 採用だけでなく事業運営全体から整理したい企業はご相談ください。 お問い合わせはこちらから |
