はじめに
再生可能エネルギーの拡大、工業団地の開発、データセンター投資の加速を背景に、ベトナムでは電力インフラへの需要が急速に高まっている。2025年4月に承認された改定第8次国家電力開発計画(改定PDP8)では、2026~2030年の電源及び送電網の整備に約1,363億ドルの投資が必要と見込まれており、2030年の総設備容量は18万3,291~23万6,363MWに達する計画である。
データセンター分野も拡大が続いている。Savillsによれば、ベトナムのデータセンター市場の設計容量は2025年の524.7MWから2030年には950MWに達する見通しである1。一方で、電力供給能力が新たな制約要因として浮上しており、受変電設備や配電盤を含む電気設備分野の重要性は一段と高まっている。
配電盤は、発電所、変電所、工場、ビル、データセンターなど、電力を利用するあらゆる現場に欠かせない設備である。しかし、ベトナムの配電盤業界については、市場構造、部品の調達経路、各社の投資動向など、公開資料から得られる情報は限られている。
本稿では、業界関係者の見方及び公開情報を基に、ベトナム配電盤市場の現状、盤内機器のサプライチェーン、両国企業の協業モデル及び市場参入に向けた課題を整理する。
その上で、日本企業が小規模取引から段階的に関係を構築していくための具体的な進め方を、ONE-VALUEの視点から提示する。
日本企業がベトナム配電盤業界でパートナーを探す背景
アジアに海外生産拠点を持つ日本の電機メーカーの中には、ベトナムを新たな販売先・協業先として検討する企業もある。こうした企業の多くは、電力会社向けの製品供給に加え、発電所、変電所、工場向け設備や監視・制御システムの分野で実績を有している。
こうした日本企業の目標は、以下の2段階に整理できる。
- 短期: 海外工場で生産する盤内機器(カムスイッチ、端子台等)の販売先と、配電盤への組込みパートナーを確保する。
- 中長期: 双方にメリットがある場合、技術、人材、プロジェクト及び資本面を含む協業関係を構築する。
一方、ベトナムの配電盤関連企業は、配電盤の完成品組立、電気設備・システムの統合、データセンター・スマートファクトリー関連のプロジェクト開発、鋼材加工及び筐体製造など、業界のバリューチェーン上で異なる立ち位置にある。以下では、こうした業界関係者の見方を手掛かりに、ベトナム配電盤業界の実態を整理する。
ベトナム配電盤市場の現状
ベトナムの配電盤市場の構造と今後の方向性については、業界関係者から具体的な見方が示されている。北部では中堅規模のメーカーが多数競合する分散型の市場が形成される一方、各社は新工場への投資や輸出対応を通じて事業の拡大を図っている。さらに、データセンターやスマートファクトリーといった新たな需要分野も視野に入りつつある。以下では、市場構造、投資・輸出の動向及び長期的展望の3つの観点から、市場の現状を整理する。
中堅企業が多数競合する分散型の市場構造
業界関係者によると、北部には筐体製作から盤内機器の組込みまで、配電盤・制御盤の設計・製造を一貫して手掛ける中堅メーカーが多数存在する。年間数百台規模の生産を行う企業でも、地域内のシェアは上位十数社の一角にとどまるという。
この情報からは、北部の配電盤市場が中堅規模の企業が多数競合する、比較的分散した構造であることがうかがえる。日本企業にとっての示唆は以下の2点である。
- 市場全体にアクセスできる単一の窓口は存在しない。複数の配電盤メーカー及び販売代理店との関係を並行して構築する必要がある。
- 各社とも競争力強化のニーズを抱えており、海外パートナーとの技術協力や資本提携の余地がある。
新工場への投資と輸出志向の拡大
業界関係者の話から浮かび上がる傾向は、ベトナムの配電盤企業が生産能力を拡大し、国内市場と輸出を組み合わせた事業モデルへ移行しつつあるという点である。
- 輸出対応を想定した新工場を建設中で、数年内の操業開始を予定する企業がある。
- 海外向けOEM及び輸出の方針を持ち、データセンター・スマートファクトリー関連の新工場構想を描く企業もある。
- 鋼材加工及び筐体製造の能力を持ち、設備・整理状況も整った工場で、海外顧客の要求に応じた生産に対応できる企業もある。
輸出志向への転換は、品質基準、技術仕様への対応力及び生産管理能力に対する要求水準を引き上げる。これらはいずれも日本企業が強みを発揮できる領域である。
長期的展望
業界関係者は、業界の先行きを総じて前向きに捉えている。ある配電盤メーカーの関係者は、ベトナムの配電盤市場には少なくとも20年の成長性があると評価し、その後もデータセンター向けの供給など、市場ニーズに合わせて事業展開が可能との見方を示した。
データセンターは、業界関係者の間で繰り返し取り上げられるテーマでもある。
- 一部のベトナム企業は、データセンター及びスマートファクトリーを事業計画に組み込んでいる。
- 電気設備、監視・制御システム及びデータセンター関連分野への協業拡大を希望する企業もある。
- 日本の電機メーカーの中にも、データセンターを国内の成長分野と位置付け、空調・設備関連企業との連携を検討する動きがある。
このように、データセンターは日本企業とベトナム企業の戦略的な方向性が交わる分野であり、中長期的な協業の土台となり得る。

写真:データセンターのサーバールーム
盤内機器のサプライチェーン
日本企業が盤内機器の販売を検討する上で、まず把握すべきは、ベトナムの配電盤メーカーがどの国の部品を、どのような経路で調達しているかである。業界関係者の話からは、部品の原産国構成、ディストリビューターを通じた調達の仕組みと納期、さらに一部用途における製品代替の動きなど、公開資料からは見えにくい調達の実態が明らかになった。
中国・インド・韓国製が主流
業界関係者によると、ベトナムではカムスイッチ、端子台等の盤内機器に中国・インド・韓国製品が主に使用されている。日本製部品は、顧客が仕様で指定した場合など、一部のケースで採用されるにとどまる。
ベトナムにおける部品選定は、以下の2つの要因に左右されていることが分かる。
- 施主・最終顧客の要求: 日本製部品を採用するか否かを決める主要因である。
- 配電盤メーカーの購買慣行: 指定がない場合、使い慣れており、流通経路で入手しやすい製品が選ばれやすい。
販売代理店経由の調達、納期は3~5日
業界関係者の話から得られる重要な知見の一つが、実際の部品調達の仕組みである。配電盤メーカーは、メーカーから直接輸入するのではなく、ディストリビューターから部品を調達しており、通常は注文後3~5日程度で供給を受けている。
これは日本企業にとって、以下の2つの実務的な示唆を持つ。
- 現地ディストリビューターの在庫力と即納体制が競争条件となる。 品質が高くとも、海外から取り寄せが必要で納期が長い製品は競争が難しい。
- ディストリビューターは不可欠な接点である。 配電盤メーカーへの直接アプローチだけでなく、信頼できるディストリビューターとの連携が必要となる。
このため日本企業にとっては、配電盤メーカーを通じて信頼できるディストリビューターを紹介してもらい、自社の営業体制と接続することが有効な手段となる。
マルチメーターによる従来型スイッチの代替
業界関係者からは、一部用途ではマルチメーターを使用し、従来型スイッチを使用しないケースもあることも共有された。
これはカムスイッチ等の機械式部品のサプライヤーが留意すべき動きである。用途によっては需要が縮小する可能性があるため、販売計画の策定前に、対象製品の用途、仕様及び数量を確認する必要がある。
日本企業とベトナム配電盤企業の4つの協業モデル
以上を踏まえると、協業の選択肢はコミットメントの度合いに応じて4つのモデルに整理できる。
部品供給と配電盤への組込み
日本企業が海外工場で生産した部品を供給し、ベトナム企業が配電盤に組み込んで市場に販売するモデルである。
- 日本企業にとっては、大規模取引を前提とせず、小規模な案件から取引関係を構築するアプローチが現実的である。
- 具体的には、日本企業が見積り及び商品説明資料を用意し、ベトナムの配電盤メーカーを通じて代理店へ紹介してもらう流れが考えられる。ただし、取扱いの可否は代理店の判断に委ねられる。
- 必要に応じて、海外工場の担当者を交えた協議を行うことも有効である。
評価: リスクが低く、最初のステップに適したモデルである。成否は、適切なディストリビューターの選定と、品質、価格及び納期面で中国・インド・韓国製品に対する優位性を示せるかに左右される。
OEM及びベトナムでの筐体生産
日本側が指定する部品・製造方法を用いて、ベトナム企業が筐体、外装部品又は完成品を生産し、日本国内の顧客や日系企業の海外工場に供給するモデルである。
- 大型配電盤は完成品の輸送効率が低い。そのため、ベトナムで筐体・カバー等を製造し、現地で指定部品を組み込む、又は日本側で最終組立を行う方法が考えられる。
- 日本の顧客からコスト低減や海外工場向け生産を求められた場合、ベトナムの生産基盤を活用できる可能性がある。
- 具体化に向けては、工場の設備、整理状況、鋼材加工及び筐体製造の能力に加え、材質、品質、寸法及び製造工程の詳細確認が必要である。
- ベトナム企業の中には、まずOEM依頼のような簡易な協業から始め、小さな実績を積んでから関係を深めることを自ら提案する企業もある。
評価: OEMは、生産コストと大型製品の物流コストという日本企業の課題に直接応えるモデルであり、ベトナム企業の輸出志向とも合致する。
データセンター、スマートファクトリー及び電気設備分野でのプロジェクト協業
日本企業が製品供給、技術連携、日本の関連企業の紹介及び共同プロジェクトを通じて、ベトナム企業のプロジェクトに参画するモデルである。
- データセンター市場の成長を見据えるベトナム企業の方向性は、同分野を成長領域と捉える日本企業の関心とも一致する。
- 発電所・変電所・工場向け設備及び監視・制御システムにおける日本側の経験と、ベトナム側の配電盤・電気設備事業を組み合わせることで、相互補完的な協業が期待できる。
- ベトナム企業の将来プロジェクトに対し、技術、人材及びノウハウを提供する形も考えられる。
- 一方、規模の大きい構想については、日本企業が直ちに参画可否を判断することは難しく、日本市場及び社内リソースの確認が必要となる。
評価: 付加価値は高いが、検討期間が長くなるモデルである。鍵となるのは、ベトナム側がプロジェクトの対象範囲、投資規模、設備、スケジュール及びパートナーに期待する役割を資料化することである。
資本提携(少数持分出資)
日本企業がベトナム企業に、主に少数持分で出資し、長期的な関係を強化するモデルである。
- 双方にメリットがある場合、将来的な選択肢として少数持分での出資が考えられる。
- ベトナム側には、資本パートナー受入れに関する考え方、希望出資比率及び期待する役割の整理が求められる。
- ベトナム企業の中には、簡易な協業で実績を作った上で資本提携を具体的に検討するという段階的な進め方を自ら提案する企業もある。
評価: 資本提携は協業の出発点ではなく、成果として到達するものである。段階的に関係を深めることが、双方にとって現実的な進め方である。
| モデル | コミットメント | 実施期間 | 前提条件 |
| 部品供給 | 低 | 短期 | 適切なディストリビューター、競争力のある見積り |
| OEM・筐体生産 | 中 | 中期 | 材質・品質・寸法・工程の確認、生産能力の調整 |
| データセンター・スマートファクトリー案件 | 高 | 長期 | プロジェクト計画の資料化、経営陣の承認 |
| 資本提携 | 極めて高 | 長期 | 先行する協業実績、出資比率・役割の合意 |
ベトナム配電盤市場参入における課題
中国・インド・韓国製部品との競合
これらの国の部品はサプライチェーンに定着している。日本企業は、仕様で日本製部品が指定される案件や輸出向け配電盤など、ターゲットとするセグメントを明確にする必要がある。
販売チャネルへの依存
製品を紹介するか否かはディストリビューター自身の判断に委ねられる。日本企業は、配電盤メーカーとディストリビューターの双方を納得させられる商品資料及び見積りを準備する必要がある。
製品需要の変化
一部用途でのマルチメーターへの切替えが示すように、個別製品の需要は変動し得る。重点製品の選定前に、実際の用途を調査する必要がある。
日本側の生産能力と意思決定プロセス
日本の製造業では、1年程度先まで生産計画が編成されていることも多い。OEMを実現するには、営業部門、製造部門、生産管理部門間の調整、能力配分及び事前準備が必要となる。大規模案件については、経営トップを含む経営陣の承認も必要となる。
ベトナム企業側は、日本企業の意思決定が期待より遅いことは関心の低さを意味するのではなく、複数部門を経る検討プロセスを反映したものであると理解しておく必要がある。
情報ギャップ
協業の初期段階で共通して求められるのは、ベトナム側による情報の資料化と共有である。会社方針、事業計画、プロジェクト、製品、生産能力及び品質管理条件がその対象となる。これを円滑に進めるには、秘密保持契約(NDA)の締結が前提となる。
初期段階における最大の障壁は、価格や技術以上に情報ギャップである。日本企業は評価のために構造化された情報を必要とし、ベトナム企業は日本企業がどのような基準で評価するのかを理解する必要がある。
協業の進め方―ONE-VALUEの視点
以上を踏まえ、ONE-VALUEは協業の進め方を4つのフェーズに整理した。
日本企業とベトナム配電盤企業の協業ロードマップ(4フェーズ)
| フェーズ1 NDA締結・情報共有 | ▶ | フェーズ2 日本側での社内検討 | ▶ | フェーズ3 小規模取引の実施 | ▶ | フェーズ4 技術・プロジェクト・資本への拡大 |
| 低コミットメント・短期 ―――― 小さく始めて段階的に拡大 ――――▶ 高コミットメント・長期 | ||||||
出所:ONE-VALUE作成
フェーズ1:NDA締結と情報共有
- コーディネーターとベトナム企業間でNDAを締結する。
- ベトナム側は、事業計画・プロジェクト、製品・工程・材質・生産能力(OEMの場合)、対象範囲・投資規模・スケジュール・パートナーに期待する役割(大規模案件の場合)を整理し、共有する。
- コーディネーターが資料及び面談内容を日本企業に共有する。
フェーズ2:日本側での社内検討
- 営業部門が面談結果を製造部門、生産管理部門及び工場関係者に共有する。
- 大規模案件については経営陣に説明し、自社及び日本の関連企業による協力可能性を検討する。
- 対象製品又はプロジェクトを絞り込む。
フェーズ3:小規模取引の実施
- ディストリビューター経由で見積り及び商品資料を送付する。
- OEM候補案件については、図面、仕様、品質、コスト、納期及び数量を確認し、必要に応じて工場責任者を交えた協議を設定する。
- 最初の協業実績を作る。
フェーズ4:技術、プロジェクト及び資本面への拡大
- パートナーのプロジェクトに技術、人材及びノウハウを提供する。
- 日本の関連企業を紹介し、共同プロジェクト(データセンター、スマートファクトリー、監視・制御システム)を展開する。
- 信頼関係と相互メリットが確立した段階で、少数持分出資を検討する。
日本企業にとっての3つの原則
- 小さく始めて段階的に拡大する。 双方とも、大きなコミットメントの前に実績を積むことを重視している。
- バリューチェーン全体でアプローチする。 部品販売には配電盤メーカーとディストリビューターの双方が、OEMには金属加工企業が、データセンター案件にはプロジェクト開発企業が必要となる。複数の接点に並行してアプローチすることで、成功確率が高まる。
- 業界関係者からの情報収集に投資する。 部品の原産国構成、ディストリビューターの納期、製品代替の動き、市場シェア上の立ち位置といった情報は公開資料には現れないが、戦略の実現可能性を左右する。
結論
ベトナムの配電盤市場は拡大期にある。現地企業は新工場への投資、輸出対応、データセンター・スマートファクトリー等の新分野への展開を進めており、少なくとも今後20年の成長が見込まれている。
日本企業にとっての機会は、以下の3点に集約される。
- 中国・インド・韓国製が主流のサプライチェーンにおける日本製部品の参入余地
- 生産コスト及び輸送コストの削減に向けた、ベトナム企業の生産基盤を活用したOEM
- 中長期的なプロジェクト協業及び資本提携につながる、データセンター分野での方向性の一致
これらの機会を成果に結び付けるには、適切なパートナーの選定、実際の購買の仕組みへの理解、そして小規模取引から段階的に関係を構築するアプローチが求められる。

ONE-VALUEの支援
ONE-VALUEは、日越間の戦略コンサルティング企業として、日本企業のベトナム市場の調査、参入及び事業拡大を一貫して支援している。日越企業のマッチングから、NDAの調整、情報の整理、協議の設定まで、協業の各段階をきめ細かく支援している。
関連サービス:
- 市場調査・事業戦略策定: 配電盤、電気設備及びデータセンター市場の調査、競争構造及び流通チャネルの分析
- ベトナム進出支援コンサルティング: 参入戦略の策定、配電盤メーカー及びディストリビューターとの接続
- 販売代理店サービス: ベトナムでのサプライヤー・OEM先の探索、販売活動及び輸出入手続きの支援
- M&Aアドバイザリー: 資本提携を検討する際のパートナー探索、デューデリジェンス及び交渉支援
ベトナムの配電盤、電気設備又はデータセンター市場にご関心をお持ちの企業は、ONE-VALUEまでお気軽にお問い合わせいただきたい。
「調査の前に、まず現場の声を聞く。」
それが、より早く、より確実な意思決定への第一歩である。
