ベトナム財政省ハノイ副局長との対話から考える、いま必要なスピードと大胆な決断
私がいま、日本企業に最も伝えたいこと
慎重さを捨てる必要はありません。しかし、遅い意思決定を「丁寧さ」と呼ぶ時代は終わりました。期限を決め、権限を前に出し、まず一歩を踏み出す。いま求められているのは、その覚悟です。
目次
- はじめに – 日本企業のスピード感に合わせる大切さを伝えた日
- 5〜10年前の正解は、いまのベトナムでは通用しない
- 二桁成長を目指す国の時間軸
- 日本企業の「指定席」は、もう指定席ではない
- 円の購買力が落ちる前に、いま動く
- 私が日本企業に勧める5つの行動
- おわりに – 速さは、相手への敬意である
はじめに – 日本企業のスピード感に合わせる大切さを伝えた日
皆さま、こんにちは。ONE-VALUE株式会社代表のホアです。先日、私はベトナム財政省に招待され、日本企業と接点を持つベトナム企業に向けて、日本企業との働き方についてのセミナーを行いました。

そこで私は、こうお伝えしました。
「日本企業は意思決定に時間がかかる、M&Aであれば1年ほどかかることがあります。だからこそ焦らず、相手のプロセスを理解し、丁寧に進めてほしい」と。
この話には、ベトナム企業が日本企業との途中のすれ違いで機会を失わないようにしたい、という意図がありました。私は長年、日越ビジネスの現場に立ち、日本企業の稟議、品質確認、リスク管理の重要性も理解しているつもりです。
しかし講演後、ハノイ副局長からいただいた意見に、私はハッとさせられました。自分が現場をよく知っているつもりでありながら、いつの間にか「昔のベトナム」を前提に話していたからです。
ベトナム財政相ハノイ副局長の指摘
その説明は、5〜10年前のベトナムなら正しい。しかし、いまは違う。日本企業の決断を待っていては、ベトナムの成長に間に合わない。日本企業に合わせられたのは、もう昔までだ。
※本稿の発言部分は、当日の意見交換の趣旨をHoa氏が要約したものです。

5〜10年前の正解は、いまのベトナムでは通用しない
率直に言えば、この指摘は耳の痛いものでした。日本企業の信頼性、技術力、品質へのこだわりは、いまも高く評価されています。しかし、それだけでベトナム側が待ち続けてくれる時代ではありません。
5〜10年前であれば、日本企業の進め方に合わせることが、ベトナム企業にとって合理的な選択だった場面も多くありました。時間をかけても、日本企業との取引や投資そのものが大きな価値を持っていたからです。
いまは状況が変わっています。ベトナム企業には、中国、韓国、欧米、ASEAN域内など、複数の選択肢があります。資金、技術、市場との接続を求めることに変わりはありませんが、相手を選ぶ基準に「成長の速度に合わせられるか」が強く入ってきました。
私は、日本企業が嫌われたのだとは思っていません。問題は、魅力の有無ではなく、時間軸のずれです。どれほど良い提案でも、相手が必要とする時期に決まらなければ、結果として「ない」のと同じになってしまいます。
二桁成長を目指す国の時間軸
ハノイ副局長は、いまベトナムが二桁成長を目指していることにも触れました。その言葉から私が感じたのは、目標数字の大きさ以上に、行政も企業も「結果を出すまでの時間」を非常に強く意識しているということです。
成長できない各省では、担当する責任者が交代を迫られる。副局長の言葉を借りれば、「クビになる」ほどの緊張感がある。そうした環境で仕事をする人たちにとって、半年、1年と結論を待つことは、単なる待ち時間ではありません。その間に、地域の計画、企業の投資、人材の採用、競合の参入がすべて動いていきます。
海外投資は、これからもベトナムに必要です。ただし、必要だからといって、どの国の企業とも同じ条件で付き合えるわけではない。成長スピードに合わせられる国、企業、経営者との連携が優先される。ハノイ副局長は、現時点でその速度に合わせられているのは中国企業だけだ、と指摘しました。
ここで重要なのは、「中国企業のやり方をすべてまねるべきだ」という話ではありません。法務、財務、コンプライアンス、品質の確認を弱めるべきでもありません。学ぶべきなのは、検討に期限を設けること、必要な人を早い段階で集めること、そして決めたらすぐに動くことです。
日本企業の「指定席」は、もう指定席ではない
もう一つ、強く印象に残った話があります。ベトナムのトップクラスの大学の卒業式では、以前、最前列の主要な席に日本企業が座っていた。しかし現在、そこに座っているのは中国企業だ、というのです。
私は、この座席の変化は象徴的だと思います。卒業式の席は、単なる序列ではありません。その国の若い人材が、どの企業を身近に感じ、どこに将来性を見ているかを映す場でもあります。必要なときに現場へ来て、関係をつくり、具体的な機会を示す企業が、存在感を高めていきます。
日本企業が最前列から下がったのだとすれば、それはベトナムから拒絶されたからではなく、競争が激しくなる中で、存在を示すタイミングを逃しているからではないでしょうか。かつての実績は、次の10年の席を自動的に保証してくれません。指定席だと思っていた場所ほど、実は早く埋まります。
円の購買力が落ちる前に、いま動く
日本側には、もう一つ時間の問題があります。円安です。もちろん、10年後の為替を正確に予測できる人はいません。ただ私は、10年後には円の購買力がいまより下がっている可能性が高いと見ています。少なくとも、日本企業が「将来は円の購買力が自然に戻る」という前提でベトナム投資を先送りすべきではないと考えています。
10年後、円の価値がいまより下がっていれば、同じ会社への投資、同じ工場の建設、同じ人材の採用に、より多くの円が必要になります。為替だけではありません。ベトナム側の企業価値、賃金、土地や設備の価格も、成長とともに変わっていきます。
だから私は、「円安だから待つ」ではなく、「時間が円の味方とは限らないから、いま判断する」ことを勧めます。いま買うべき、いま投資すべき、と無条件に言いたいのではありません。やるか、やらないかを決めるための調査と対話を、いま始めるべきだということです。
私が日本企業に勧める5つの行動
では、具体的に何を変えるべきか。私は、日本企業の経営者に次の5つを勧めます。これは万能のルールではなく、意思決定を前に進めるための私自身の実務的な目安です。
- 検討期限を先に決める
M&Aなら、最初の30日で「検討を続けるか」を判断し、90日以内に基本方針を定める。結論が出ないまま案件を寝かせないことです。
- 小さく始める
発注に3か月かける前に、条件を限定した小口発注や実証を30日以内に始める。動きながら確認できる設計に変えます。
- 現地責任者に決裁権を渡す
本社への説明責任は保ちながら、現地で決められる金額、範囲、条件を明文化します。権限のない責任者を置いても、スピードは上がりません。
- 審査を並行させる
事業性、法務、財務、技術、コンプライアンスを順番に回すのではなく、早期から並行して確認します。リスクを減らしながら、時間も縮められます。
- 「保留」ではなく、条件付きの結論を返す
すぐに実行できない場合でも、何がそろえば前に進むのか、いつ再判断するのかを明確に伝えます。大胆な決断には、「やらない」と早く決めることも含まれます。
スピード重視は、雑に決めることではない
確認項目を減らすのではなく、誰が・いつまでに・何を決めるかを明確にする。大胆さとは、根拠のない賭けではなく、必要な情報を集めたうえで期限内に責任を引き受けることです。
おわりに – 速さは、相手への敬意である
ハノイ副局長の言葉を聞いて、私は自分の説明を修正しなければならないと思いました。ベトナム企業に「日本企業を理解して待ってほしい」とお願いするだけでは、もう十分ではありません。いま変わるべきなのは、日本企業側の意思決定の仕組みです。
日本企業の強みである誠実さ、品質、長期的な関係づくりを捨てる必要はありません。むしろ、それらを生かすためにこそ速さが必要です。返事を待たせない。次の一歩を曖昧にしない。相手の時間も自分たちの時間と同じように尊重する。その姿勢が、これからの日越ビジネスの信頼になります。
私は、日本企業に完璧な答えをつくってから動くのではなく、決めるための期限と仕組みを先につくってほしいと思っています。ベトナムの成長は、私たちの社内会議を待ってはくれません。いま必要なのは、スピードを持って向き合い、大胆に一歩を踏み出すことです。
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フィ ホア(ONE-VALUE株式会社 代表取締役)
2008年、日本政府(MEXT)の国費留学生として来日。大阪大学大学院経済学研究科経営学系を修了後、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社に入社。ベトナム事業拡大のリーダーとして、多くの日本企業のベトナム進出を支援する。約10年にわたる経営コンサルティング実務経験を有し、主な専門領域は再生可能エネルギー、木材製造、医療、IT、農業、教育など。2018年、ベトナムに特化した経営コンサルティング会社ONE-VALUE株式会社を設立。日本とベトナムの経済・ビジネス関係の活性化、日本在住の外国人人材の生活向上という2つのビジョンを掲げている。
