ベトナムの電力設備製造業を取り巻く市場環境
ベトナムでは増加する電力需要に対応するため、電源や送配電網を含む電力インフラの整備が引き続き重要な政策課題となっている。 2025年2月1日に施行された電力法第61/2024/QH15号は、電力開発計画、電力プロジェクトへの投資、再生可能エネルギー・新エネルギー、競争的電力市場、電力取引、系統運用、安全管理まで幅広く規定している。こうした電力システムの整備は、発電・送電・配電に用いられる主要設備だけでなく、制御機器、計測機器、自動化システム、電気・機械設備、試験・検査機器、保守・運用サービスなどの需要にもつながる。
政策面で重要なのは、必要な設備を海外から調達するだけでなく、国内でどこまで設計・製造・供給できるかが課題として明確になった点である。国内製造能力の強化は、サプライチェーンの安定化、産業競争力、電力供給の安定性にも関わる。 この方向性を具体化したのが、2026年9月4日に公布され、同年10月20日に施行された政令344/2026/NĐ-CPである。同政令は、電力分野における科学技術の活用と製造業の発展に関する支援制度を定めている。
市場の観点から見ると、政策は三つのテーマを結び付けている。電力インフラの整備、国内設備製造能力の強化、関連産業の技術高度化である。

Tap chi Cong Thuongに基づくONE-VALUE作成
The Electricity Law No. 61/2024/QH15 was officially passed at the 8th Session of the 15th National Assembly on the afternoon of November 30, 2024, and came into effect on
ベトナム国内の電力設備製造が抱えるボトルネック
ベトナムの電力設備製造業の課題は、生産能力だけではない。設計・エンジニアリング、技術開発、試験・認証、品質保証、設備一式を統合して供給する能力まで含む総合的な製造基盤が問われている。 ベトナムでは、一部の機械、産業設備、部品について国内生産基盤が形成されている。一方、高度な技術を要する設備やシステムでは、海外製品、海外技術、外国企業のEPC・設備供給能力への依存が残る。ベトナム商工省は過去に、機械研究院の見解として、産業向けの一式設備の多くが外国企業から供給され、当時、国内企業が担う価値は20%以下にとどまっていたと紹介している。
ただし、この20%は過去の一式設備製造業全般を対象とした評価であり、現在のベトナム電力設備産業の国産化率を示すものではない。ここから分かるのは、国産化を単に「輸入品を国内組立品へ置き換えること」と捉えるべきではないという点である。電力プロジェクトに本格的に参入するためには、国内企業にも以下の能力が求められる。➀設計・エンジニアリング、➁ 研究開発(R&D)、➂ 試験・計測・認証、➃生産設備への投資、➄技術人材、➅大型案件・契約への対応能力、➆ 品質管理である。
電力設備では特に、安全性、信頼性、技術仕様への適合、長期運転への耐久性が重要になる。したがって、国産化政策を見る際は「国内生産比率」だけではなく、設計、技術、試験、製造、品質保証といった工程の中で、ベトナム企業がどの程度の付加価値を担えるかを見る必要がある。そのための鍵となるのが、技術の導入・習得、国内サプライヤーの育成、技術人材の高度化である。日系企業にとっても、この部分が現地企業との協業余地となり得る。
政令334/2026/NĐ-CPの支援とは
政令344/2026/NĐ-CPは、電力分野における科学技術の活用と設備製造の振興を具体化する政策枠組みである。ベトナム商工省傘下の産業・商業戦略政策研究院(VIOIT)によると、電力の安定供給や国家エネルギー安全保障に重要な設備、および国内生産が奨励される設備を製造する企業は、条件を満たす場合、投資、税制、土地、会計などに関する優遇制度の対象となる。
政策の特徴は、完成品の量産だけを対象としていない点にある。重要な支援分野の一つがR&Dと試験である。重要な設備等の研究・技術開発を行う企業は、国の研究・試験インフラ、試験センター、計測・検定設備などを利用する費用について50%の支援を受けられる仕組みが設けられている。
電力設備では、新製品を製造するだけでは市場投入にはつながらない。技術性能、安全性、耐久性などについて試験・評価を行い、要求仕様を満たすことを確認する必要があるためである。政令は、ハイテク、技術移転、国内生産バリューチェーンへの参加を伴うプロジェクトへの支援も規定している。
さらに、研究開発、技術移転、製品の商用化、関連サービスを結び付けるエネルギー産業・サービス複合体の形成も支援対象となる。条件を満たす企業については、国家の投資信用制度や投資支援基金、科学技術開発基金などを通じた資金調達制度も設けられている。
国内で初めて生産される重要な設備・サービスについては、規定の条件を満たす場合、類似する輸入品と比べ最大10%の価格優遇を伴う発注制度も盛り込まれた。

Bao chinh phuに基づくONE-VALUE作成
ベトナム市場における日経企業の投資機会
政令344による政策支援は日系企業にとってベトナムの電力設備市場への投資・参入を検討する新たな材料となる。参入方法は現地生産に限らず、技術提携や研究開発、現地サプライチェーンへの参加など複数の選択肢が考えられる。
ただし、政策支援があるからといって、すべての設備分野に同じ事業機会が生まれるわけではない。重要なのは、技術、信頼性、品質管理が競争条件となる分野を見極め、自社の技術や投資方針に適した参入モデルを選ぶことである。
高付加価値設備・部品の現地生産
電力一設備、制御機器、計測機器、精密機械、センサー、特殊部品、周辺機器など、技術力や品質管理が競争力に直結する分野では、ベトナムを販売市場だけでなく、生産・調達拠点として検討する余地がある。
一方、政令344が国内製造を支援していることと、個別製品に十分な市場性があることは別の問題である。日本企業は➀現在も輸入依存度が高い設備、➁国内メーカーは存在するが技術面に課題が残る設備、➂高い技術要件や認証が参入障壁となる設備を切り分けて分析する必要がある。政策との整合性だけではなく、実際の顧客、価格、調達構造まで確認して初めて、現地生産の妥当性を判断できる。
技術移転・R&Dを通じた技術提携
政令334が R&D、試験、技術移転を支援対象としていることから、完成設備を日本から輸出するだけでなく、ベトナム企業と技術面で連携するモデルも選択肢となる。
具体的にはベトナムメーカーとの技術協力、ライセンス生産、合弁、共同製品開発、一部工程の技術移転、生産ライン・品質管理体制の改善などが考えられる。どのモデルが適しているかは技術の機密性、投資規模、現地企業の能力、販売戦略によって異なる。
初期段階から大規模工場を建設する必要もない。まず技術協力や共同開発を通じて市場性とパートナー能力を検証し、その結果を踏まえて投資規模を拡大する方法もある。
ベトナムの裾野産業・サプライチェーンへの参入
日経企業にとってもう一つの選択肢が日本の技術・品質基準とベトナム企業の生産能力を組み合わせる方法である。電力設備では、一社がすべての設備・部品を内製する必要はない。部品、機械加工、材料、組立、試験、技術サービスまで含むサプライヤーネットワークを構築できるかどうかが、競争力を左右する。一定の能力を持つベトナム企業を探索し、工程改善、品質管理、設備投資を支援しながら供給能力を高める方法も考えられる。
これはベトナム側の国内バリューチェーン育成という政策方向とも整合する。同時に、日本企業側には、設備や部品を全面輸入するモデルから現地調達を組み合わせるモデルへ移行できる可能性がある。ただし、参入判断では政策だけを見るべきではない。価格、実需、技術仕様、認証、顧客の調達方針、現地パートナーの能力を案件ごとに確認する必要がある。
日経企業が市場参入前に確認すべき3つのポイント
ベトナムの電力設備製造業へ参入する際、最初に明確にすべきなのは、自社がバリューチェーンのどこに入るかである。現地工場の建設だけが選択肢ではない。現地生産、設備輸出、技術移転、合弁、OEM、サプライヤー育成など、複数の参入モデルを比較する必要がある。そのうえで、市場参入の判断では三つの項目を重点的に確認したい。
市場需要
まず確認すべきは、実際にどの設備に需要があるのかである。ベトナムで製造能力が不足している設備は何か。すでに国内生産されていても、品質・技術面で高度化が必要な分野はあるのか。その需要は発電、送電、配電、周辺設備のどこから生じているのかを把握する必要がある。
政策上、国内製造が奨励されていることだけでは、実際の販売機会を判断できない。市場規模、顧客層、既存メーカー、輸入品との競争なども併せて確認する必要がある。
市場参入条件
次に確認すべきは、制度と調達条件である。国内生産が奨励される設備の対象、技術規格、試験・認証要件、調達制度などは、製品を実際に販売できるかどうかを左右する。
政令上の優遇対象であることと、顧客から採用されることは別である。特に電力設備では、価格だけでなく、技術仕様、安全性、試験結果、納入実績、保守体制などが調達判断に影響する可能性があるため、対象市場ごとの条件を確認する必要がある。
現地パートナーの能力
ベトナム企業についても現在の加工能力だけで判断するべきではない。設計、R&D、品質管理、人材、設備、認証、顧客ネットワーク、大型プロジェクトへの参画経験、追加投資への意思などを総合的に確認する必要がある。こうした情報の多くは、企業ウェブサイトや公開資料だけでは把握しにくい。
顧客リストがあっても、実際の工程能力までは分からない。保有設備だけでは、量産時の品質安定性や追加投資への意思も判断できない。発注者がどのような基準でサプライヤーを選定するかも、公開情報だけでは確認しにくい。
そのため、市場参入を判断する前には、業界専門家、設備メーカー、調達担当者、EPC企業、電力プロジェクト関係者などへのヒアリングが有効となる。確認すべきなのは、単に「市場が大きいか」ではない。
どの設備が不足しているのか、誰が購買を決定するのか、どの技術要件が重視されるのか、ベトナム企業に不足する能力は何か、どの協業モデルなら実現できるのか。ここまで確認して初めて、「ベトナムに新政策がある」という情報を、自社の具体的な参入判断へ落とし込むことができる。
結論
ベトナムの電力政策では、電源や送配電網を整備するだけでなく、それを支える設備製造能力を国内に形成する方向が明確になっている。
2026年10月20日に施行された政令344/2026/NĐ-CPは、設備製造、R&D、試験、技術移転、デジタル化、国内バリューチェーン形成を支援する枠組みを整えた。日系企業にとっては、高付加価値設備・部品の現地生産、技術移転・R&Dを通じた技術提携、ベトナム裾野産業・サプライチェーンへの参入という三つの方向から事業機会を検討できる。
一方、政策支援と事業性は同じではない。実需がある設備は何か。技術高度化が必要な分野はどこか。どの規格・認証が必要なのか。調達構造はどうなっているのか。候補となるベトナム企業に必要な能力があるのか。こうした情報を具体的に確認してから、市場参入の方法と投資規模を判断する必要がある。
ONE-VALUEは、日本企業向けにベトナム市場調査、産業・サプライチェーン分析、市場参入戦略策定、メーカー・サプライヤー・OEM候補の探索などを支援している。特に電力設備のように、公開情報だけでは実際の需要、調達条件、企業の技術力を把握しにくい市場では、デスクリサーチだけでなく現地関係者からの情報収集が重要となる。こうした情報については、ONE-VALUE Expert Connectを通じて、業界専門家への委託インタビューや直接ヒアリングを行うことも可能である。
設備需要、調達構造、競争環境、サプライヤー能力、協業条件などを確認することで、政策情報を具体的な事業判断へつなげることができる。ベトナムの電力設備製造業への参入で重要なのは、新しい政策があること自体ではない。どの設備分野で、どの技術を活用し、どの企業と、どの参入モデルで事業を構築するのかを見極めることである。政策、実需、競争環境、パートナー能力を一体で分析することが、ベトナムの国産化政策を日系企業の具体的なビジネス機会へつなげる第一歩となる。

ONE-VALUEのチーム
参考資料:


