2026年4月、東南アジアの医療機器流通で象徴的なM&Aが発表された。CBC Group傘下のDawn Medical Technologiesが、ベトナムの医療機器ディストリビューターPinnacle Health Equipmentの支配株式を取得した。
この案件で注目すべきなのは、買い手が「会社」だけでなく、Pinnacleが持つ販売網、規制対応ノウハウ、入札対応力、病院との関係を一度に取得した点である。Pinnacleは2015年設立で、Medtronic、GE Healthcare、Philipsなどの製品を扱い、創業者Jade Le氏も買収後に株主として残る。
日本の医療・ヘルスケア企業にとって、この構図は重要だ。ベトナムでは良い製品を持っているだけでは市場を取れない。登録、病院、医師、代理店、入札、保守、価格、支払いという複数の条件をつなぎ、「医療価値を届ける仕組み」を作る必要がある。本稿では、その市場アクセスをどのように設計し、必要なら提携やM&Aで獲得するかを考える。
私は、日本企業がベトナムの医療市場を検討する際、「製品が良ければ売れる」という前提を一度外した方がよいと考えています。医療分野では、登録、病院、医師、代理店、入札、保守、支払い、価格を一つずつ越えて初めて販売が成立します。逆に言えば、日本企業が持つ品質・技術・運営ノウハウと、ベトナム企業が持つ市場アクセスを正しく組み合わせれば、大きな機会があります。重要なのは代理店を紹介して終わることではなく、どの市場を狙い、誰と組み、何を相手に任せ、何を自社で持つかを事業構造に落とすことです。(弊社代表Hoa)
成長市場であることは間違いない
ベトナムの2025年平均人口は1億230万人だった。人口規模だけでも大きいが、医療需要を変えるのは高齢化である。VNAによれば、2024年の高齢者人口は約1,420万人で、2050年には約2,800万人へ倍増する見通しだ。2036年には65歳以上が人口の14%を占め、本格的な高齢社会に入ると予測されている。
政府も対応を急いでいる。2026年6月に改定された高齢者ケア国家プログラムでは、2026年から高齢者に少なくとも年1回の無料健康診断またはスクリーニングを提供し、2030年までに高齢者の少なくとも90%について、がん、心血管疾患、高血圧、糖尿病、慢性閉塞性肺疾患、認知症などの非感染性疾患を発見・治療・管理する目標を掲げた。全国の省・市で老年病院または老年科を持つ総合病院を整備する方向も示されている。
医療保険の普及も進む。Vietnam Social Securityによれば、2025年末の健康保険加入率は人口の95.2%に達し、2025年の保険診療は約1億9,550万件、請求額は約161.6兆ドンだった。保険の広がりは医療アクセスを下支えする一方、病院側には診療効率やコスト管理も求める。
医療機器市場も拡大が続く。米国International Trade Administrationは、ベトナムの医療機器市場を2024年約19億ドルとし、2024~2029年に年平均8.2%で成長して2029年に約28億ドルへ達すると紹介している。医療機器の約90%は輸入品で、日本は主要供給国の一つである。
図表1は、ベトナム医療市場の成長を単一指標ではなく、人口、高齢化、保険、医療機器の輸入依存という4つの構造から整理したものだ。市場規模だけでなく、需要がどこから生まれるかを見る必要がある。

ベトナム医療機器市場への参入を検討する企業向けに、ONE-VALUEでは市場規模だけでなく、重点病院・診療科、競合、価格、購買プロセス、代理店候補まで一体で調査します。
病院・医師・調達担当への現地インタビューを通じ、販売可能性を具体化します。
医療機器の競争力は、製品性能だけでは決まらない
数字だけを見れば、日本企業にとって魅力的な市場である。しかし「需要がある」ことと「売れる」ことの間には、一般消費財より多くの条件がある。病院が医療機器を導入する際に見るのは、本体性能だけではない。
製品を適切に登録できるか。調達・入札の条件を満たせるか。納期を守れるか。故障時にどの程度の時間で対応できるか。消耗品を継続供給できるか。医師や技師へのトレーニングを誰が担うか。地方病院にも保守担当者を派遣できるか。競合より高い価格を、臨床上の価値や総保有コストで説明できるか。こうした条件を満たして初めて、製品の品質が評価される。
日本企業から「代理店を探したい」と相談を受けた場合、最初から会社リストを作るのは必ずしも正しくない。先に、どの病院群・診療科を狙うのか、誰が意思決定者なのか、購買プロセスはどうなっているのか、競合がどの価格・条件で販売しているのか、保守を誰が担うのかを確認する必要がある。それが分からなければ、良い代理店の定義自体ができないからだ。
図表2は、医療機器が販売に至るまでに必要な市場アクセスを6つに分解している。高性能な製品でも、登録・病院・入札・医師・保守・価格のどこかが欠ければ販売は止まる。

公立病院と私立病院では「売り方」が違う
ベトナム医療市場を一つの市場として扱うことも危険である。米国ITAによれば、病院数では公立病院が全体の76%を占める一方、私立病院は24%まで増えている。私立病院は病床数では5.8%にとどまるものの、眼科、歯科、皮膚科、循環器、腫瘍など特定分野で存在感を高めている。
公立病院では調達・入札制度、予算、仕様、手続きへの理解が重要になる。一方、私立病院では投資回収、患者単価、差別化、医師の評価、サービス品質など、より事業採算に近い論理が強くなる。
例えば高度診断装置を提案する場合、私立病院には機器価格だけではなく、1日何件の検査が可能か、患者単価はいくらか、稼働率をどこまで上げられるか、何年で投資回収できるかという病院側の事業性を示す必要がある。公立病院では、同じ機器でも入札仕様、予算時期、納入条件、保守条件を踏まえた別の営業設計が必要になる。
図表3は、公立病院と私立病院で営業設計がどのように変わるかを比較した。病院数の構成だけでなく、意思決定の論理と必要な現地能力が異なる点が重要である。

高齢化は「病院だけ」の市場を作るわけではない
高齢化で広がるのは病院需要だけではない。2026年の高齢者ケア政策では、地域型ケア、デイケア施設、IT活用まで対象が広がった。2030年には少なくとも20%の自治体で高齢者向けデイケア施設のモデルを試行・発展させる目標も掲げられている。
ここには、日本企業が長年蓄積してきた介護施設運営、デイサービス、在宅ケア、リハビリ、認知症ケア、見守りセンサー、介護記録DX、食事、転倒防止、住宅改修、福祉機器などの知見を活用できる余地がある。
ただし、日本の介護モデルをそのまま持ち込めば成立するとは限らない。ベトナムでは家族が高齢者ケアを担う比重が大きく、所得水準、介護保険制度、住宅環境、人材コストも日本と異なる。高価格の入居型施設だけでなく、昼間利用、訪問サービス、病院連携、家族向け定額サービスなど、支払能力と家族構造に合わせた現地適合が必要になる。
医療市場参入で「誰と組むか」は戦略そのもの
医療機器市場では代理店の役割が大きい。ただし、代理店を売上高だけで評価してはいけない。どの病院に強いか、どの診療科に強いか、公立入札の実績、私立病院との関係、製品登録能力、保守担当者、在庫・物流、医師・KOLとの関係、競合ブランド、経営者・営業責任者への依存度まで見る必要がある。
複数ブランドを扱うディストリビューターでは、自社製品が優先的に販売される保証はない。契約時には年間販売目標だけでなく、営業担当人数、重点病院、トレーニング回数、デモ機、販促費、在庫水準、保守SLA、月次の案件見込み報告まで具体化した方がよい。条件を曖昧にしないことは、関係を悪くすることではなく、双方の役割を明確にすることである。
医療機器では、売った後の運営が次の受注を左右する。導入直後に医師・技師が十分に使いこなせなければ稼働率は上がらず、病院側から見た投資効果も低くなる。そこで、初期トレーニングだけでなく、症例立ち会い、定期的な操作教育、保守点検、消耗品補充を販売計画に組み込む必要がある。KOLとの関係も単なる紹介営業ではなく、適切な使用方法や臨床価値を現場で検証する接点として設計すべきである。
代理店契約の更新時には、売上だけでなく、重点病院での採用件数、機器稼働率、保守対応時間、トレーニング実施数、在庫欠品率などを見る方がよい。数字を共有すれば、日本側は代理店の活動を評価しやすくなり、代理店側も何を優先すべきか分かる。これが、単なる販売委託を継続的な市場開発へ変える。
図表4は、代理店選定や医療ディストリビューターM&Aで確認すべき「市場アクセス資産」を8項目に整理した。売上高だけでは、買収後も残る競争力を評価できない。

販売代理店の新規開拓・見直し、または医療ディストリビューターへの出資・M&Aを検討する場合、候補企業探索、商流・顧客基盤の確認、Commercial DD、BDD、企業価値評価、交渉条件設計まで支援できます。
代理店契約で足りないなら、M&Aで「市場アクセス」を買う
冒頭のPinnacleの案件は、この点で示唆的である。Dawnが取得したのは倉庫や在庫だけではない。既存の販売網、規制対応ノウハウ、入札能力、病院との関係という「市場アクセスのインフラ」である。創業者が株主として残る設計も、関係資産の継続を重視したものと読める。
日本企業にも同じ選択肢がある。現地法人を一から作り、営業組織を採用し、病院関係を構築し、規制や保守のノウハウを蓄積するのに数年かかるなら、既存ディストリビューターへの出資・買収によって時間を買う方が合理的な場合がある。
ただし、医療ディストリビューターの企業価値評価は単純ではない。売上の多くが創業者個人の医師ネットワークに依存していれば、創業者退任後も同じ売上が残るとは限らない。主要メーカーとの代理店契約に支配権変更条項があれば、買収後に重要契約が継続しない可能性もある。
そのため事業デューデリジェンス(BDD)では、顧客別売上、製品別粗利、メーカー別契約、入札実績、病院との関係、営業担当者別の案件見込み、登録保有主体、保守能力を確認する。その結果を企業価値と契約条件へつなげる。オーナー依存が高ければ追加対価を業績連動にする、主要メーカーとの契約継続を前提条件にする、創業者に一定期間株式を残してもらう、重要営業人材に定着報奨を設ける、といった設計が考えられる。DDは問題を見つけて終わる作業ではなく、リスクを価格と契約条件へ変換する作業である。
医薬品分野でも、制度変更と商流を同時に見る
医薬品分野でも外資企業を取り巻く制度は動いている。2024年11月成立のLaw No.44/2024/QH15は2025年7月1日に発効し、外国投資企業に認められる活動範囲を拡大した。UNCTADは、製造、輸出入、品質試験、臨床試験・生物学的同等性試験、技術移転、受託製造、自社製造・輸入品の一定の卸売などが明確化・拡張されたと整理している。
ただし、「規制が緩和されたから自由に売れる」と単純化してはいけない。製品カテゴリー、必要ライセンス、流通権限、販売先ごとのルールは個別に確認する必要がある。制度変更時ほど、法務・規制対応と事業採算を同じテーブルで検討することが重要になる。
市場参入は6段階で進める
私は、ベトナム医療市場への参入を六つの段階で考えるべきだと思う。第一に市場を疾患、診療科、公立・私立、病院層、地域に分ける。第二に病院経営者、医師、技師、調達担当、代理店、規制専門家へヒアリングし、実際の購買条件を確認する。第三に登録だけでなく価格、入札、保守、支払い、粗利まで一つの損益モデルにする。
第四に候補代理店を「会社規模」ではなく「狙う市場へアクセスできるか」で評価する。第五に重点病院・診療科・地域で小規模な導入実績を作る。第六に販売条件を改善し、必要ならJV、少数出資、M&Aへ進む。
重要なのは、各段階を分断しすぎないことだ。病院インタビューで「24時間以内の保守がないと採用できない」と分かったなら、それは調査レポートの一行で終わらない。保守能力のある代理店を優先し、足りなければ別の保守会社との提携を作る。M&A候補では保守担当者数をDD項目に入れ、追加採用や部品在庫への投資を企業価値評価に反映する。一つの現場情報を、パートナー選定、事業モデル、企業価値、契約条件、PMIまでつなげることが必要である。
成長市場なら自社で現地法人を作る方がよいのか
十分な資本、人材、時間があり、ブランド、技術、顧客関係を自社で厳格に管理したい企業には、自社で現地法人を構築する方法も有力である。
しかし、比較すべきは初期投資額だけではない。病院ネットワークをゼロから作る時間、規制対応人材を採用する時間、保守組織を構築する時間という機会費用まで含める必要がある。代理店、JV、M&Aの方が合理的な場合もある。
逆にM&Aにもリスクがある。高い価格を支払い、買収後にオーナーや営業担当が辞め、期待した病院ネットワークが失われれば、時間を買ったつもりが高い授業料になる。「M&Aか自社構築か」を先に決めるのではなく、市場調査によって必要な能力を定義し、その能力を最も早く、確実に取得できる方法を比較するべきである。
図表5は、代理店、自社構築、JV・少数出資、M&Aを「必要能力の獲得方法」として比較した。最も安い方法ではなく、必要な病院・規制・保守能力をどの速度と確度で取得するかで判断する。

まとめ:医療機器を売るのではなく、医療価値を届ける仕組みを作る
ベトナム医療市場の成長性は高い。しかし、成功する企業を決めるのは市場成長率ではない。病院、医師、患者、規制、代理店、保守、価格、資本を一つの事業モデルとして設計できるかどうかである。
日本の医療技術には大きな可能性がある。ただし「良い製品を輸出する」という発想から、「ベトナムで医療価値を届ける仕組みを作る」という発想へ変える必要がある。その仕組みを誰と作るのか。何を自社で持つのか。何を現地パートナーへ任せるのか。どの条件なら双方が投資するのか。必要ならどの会社を買うのか。そこまで考えて初めて、成長市場が実行可能な事業機会になる。
ONE-VALUEは、医療・ヘルスケア市場調査から代理店探索、事業提携、M&A sourcing、BDD・valuation、LOI・SPA条件、交渉、買収後PMIまで一つの線で支援します。
「何を売るか」だけでなく「どう市場アクセスを作るか」からご相談いただけます。
外部出典一覧
CBC Group / Dawn Medical Technologies|Dawn Medical Technologies Acquires Controlling Interest in Pinnacle Health in Vietnam(2026-04-22)
Reuters(再配信)|CBC-backed Dawn buys control of Vietnam medical device distributor Pinnacle(2026-04-22)
ベトナム国家統計局|Press release social-economic situation in the fourth quarter and 2025(2026-01)

Vietnam News Agency / VietnamPlus|Vietnam considers nursing homes as new driver for silver economy(2026-03-21)

Vietnam News Agency / VietnamPlus|Vietnam strengthens elderly care with free annual health checks(2026-06-23)

Vietnam Social Security|Bao phủ BHYT: Điểm sáng nổi bật trong thực hiện Nghị quyết Đại hội XIII của Đảng(2026-02-04)

U.S. International Trade Administration|Vietnam – Healthcare(2026-03-31)
UNCTAD Investment Policy Monitor|Viet Nam expands the scope of FDI activities allowed in the pharmaceutical sector(2024-11-21)
JETRO|ビジネス展開の意欲は高く、求められる生産移管への対応(ベトナム)(2025-03-07)

