2026年、ハノイの街を移動していると、以前とは明らかに違う変化を感じる。道路の拡幅が進み、紅河では複数の橋が同時に建設されている。都市鉄道やTOD(公共交通指向型開発)の計画も大きく動き始めた。以前は中心部から遠いと感じていた地域が、交通インフラの整備によって急速に近くなりつつある。
私は長くベトナムで仕事をしているが、2026年のハノイを見て、「これまでの10年と、これからの10年は同じではない」と改めて感じた。その変化を理解するうえで重要なのが、2026年5月13日にハノイ市人民委員会がDecision No.2512/QĐ-UBNDで承認した「ハノイ首都マスタープラン(100年ビジョン)」である。
この計画を不動産価格だけで見るのは、もったいない。橋を造る企業、道路を整備する企業、セメントや建設資材を供給する企業、建設機械を扱う企業、鉄道関連企業、完成したインフラを維持・管理する企業。そして、新しい都市拠点へ進出する物流、商業、サービス、ハイテク企業。100年ビジョンは、これから長い期間にわたって、ハノイの産業構造と企業の立地を変えていく可能性がある。
日本企業にとって重要なのは、「どこの土地が上がるか」を予想することではない。ハノイという都市の成長モデルそのものがどう変わり、その中で自社がどの事業機会を取れるのかを見ることだと私は考えている。
この記事で分かること
- 2026年に正式承認されたハノイ100年ビジョンの概要と、9つの成長極の考え方
- 紅河の橋、都市鉄道、TODがハノイの企業立地と都市機能をどう変える可能性があるか
- 日本企業が不動産価格だけでなく、建設・資材・機械・保守・物流・ハイテクなどの事業機会から100年計画を読む方法
- 2026~2027年を「買い急ぐ時期」ではなく「調査と仮説検証の時期」と見る理由
二年前のハノイを知る人が「街が全く違う」と言った
2026年、日本企業の経営者とハノイ市内を移動していた際、「二年前に来たときと全く違う」という趣旨の話を聞いた。私自身も同じ感覚を持っている。以前は狭かった道路が大きく拡幅され、時間のかかっていた場所への移動時間が短くなり、街の使われ方そのものが変わり始めている。
ONE-VALUEの社内でも、以前はバイクで約1時間かかっていた通勤が、道路整備によって20分ほどになったという社員がいる。重要なのは、道路がきれいになったことではない。30分、40分かかっていた移動が20分になることで、人が住める範囲、企業が事業所を置ける範囲、物流拠点を配置できる範囲が変わる。都市にとって「距離」は単純なキロ数ではなく、時間距離である。
2026年のハノイでは、その変化が一つの道路や一つの地区ではなく、都市全体で同時に起こり始めている。
紅河の7つの橋が象徴する「都市の重心」の変化
その象徴の一つが、紅河に架かる橋である。ハノイではTứ Liên、Ngọc Hồi、Trần Hưng Đạo、Thượng Cát、Vân Phúc、Hồng Hà、Mễ Sởの7つの橋が同時に整備されている。ベトナム政府系メディアによると、これらは地域間接続を改善し、既存橋の混雑を緩和し、紅河両岸に新しい都市開発空間を生み出す計画として進められている。
橋は、単に川を渡るための施設ではない。橋が完成すれば、人の通勤経路が変わる。物流経路が変わる。企業が工場や倉庫、オフィスを置ける地域も広がる。その周辺に住宅、商業施設、学校、病院などの需要も生まれる。つまり橋の建設は、その地域の経済圏を作り直す仕事でもある。
だから私は、紅河周辺を見るときも「橋の近くの土地はいくらになるか」という見方だけでは不十分だと思っている。重要なのは、「この橋ができることで、どの人と企業が動くのか」である。
100年ビジョンが目指すのは「大きなハノイ」ではなく「構造の違うハノイ」
100年ビジョンの中心にあるのは、ハノイを「多層・多極・多中心型」の都市へ転換する考え方である。正式計画では、中心部、北部、東部、南部、西部、紅河沿いなどに9つの成長極を設定し、それぞれに異なる都市機能を持たせる。
北部のDong Anh・Me Linh・Soc Sonは、ノイバイ国際空港との接続を生かした国際サービス、商業、金融、物流、ハイテクなどが想定される。東部のGia Lam・Long Bienは商業、サービス、物流の東側ゲートウェイとして位置付けられる。西部のHoa Lacは、Hoa Lac Hi-Tech Parkとベトナム国家大学を軸に、科学技術、イノベーション、教育の拠点を目指す。
ここが、これからのハノイを見るうえで非常に重要である。単純に中心部が外側へ広がっていくのではない。複数の地域に、それぞれ異なる産業や都市機能を持つ新しい拠点をつくろうとしている。今後は「中心部から何キロ離れているか」だけでは評価できず、その地域にどのような仕事があり、どの企業が集まり、誰が生活するのかを見る必要がある。
この図表から分かるのは、100年ビジョンが単一の「郊外開発」ではなく、地域ごとに異なる役割を持つ成長極を組み合わせる計画だという点である。日本企業は、各地域の機能と自社の顧客・商流・サプライチェーンを重ねて見る必要がある。

都市鉄道とTODが「移動」と「街の使われ方」を変える
多中心型の都市を成立させるためには、それぞれの拠点を結ぶ交通インフラが必要になる。新しいハノイ首都計画では、都市鉄道網は18路線・総延長約979kmとされている。従来計画から大きく拡張され、長期的な都市構造そのものを鉄道中心へ転換する方向が示された。
TODでは、駅を造るだけではなく、駅周辺に住宅、オフィス、商業、公共サービスなどを集め、公共交通を中心として街を形成する。これによって、これまで車やバイクを前提としていたハノイの都市構造そのものが変わる可能性がある。
ただし、「駅ができる=地域が発展する」と単純に考えるべきではない。鉄道が通っても、周辺に仕事がなければ人は定着しない。企業が進出し、雇用が生まれ、そこで生活する人が増え、その人たちのための住宅や商業、教育、医療などが整備される。交通インフラと都市機能の両方がそろって初めて、新しい都市拠点になる。
私が注目しているのは「どのエリアが上がるか」ではない
今回のインタビューで、Dong Anh、Long Bien、Gia Lam、Hoa Lacなどの中で、どのエリアに最も注目しているかと聞かれた。しかし、私は特定のエリアを一つ挙げることよりも、100年計画によってハノイの成長モデルそのものがどう変わるのかを見る方が重要だと考えている。
例えば、新しい橋を建設する。そこでは建設会社だけが仕事をするわけではない。道路工事、橋梁、設計、測量、地盤関連、鉄鋼、セメント、生コンクリート、建設機械、電気設備、安全設備など、非常に多くの産業が関わる。完成した後には、さらに点検、補修、舗装、設備更新などの維持管理需要が長期的に生まれる。
都市鉄道でも同じである。車両だけではなく、信号、電力、通信、駅設備、保守、運行システム、周辺開発まで巨大な産業の裾野がある。日本企業が強みを持つ建設機械、部材、設備、保守、品質管理、省エネルギー、環境技術、都市インフラ関連サービスなどでも、新しい需要が出てくる可能性がある。
したがって、「Dong Anhの地価がどうなるか」という質問だけでは、100年計画が生むビジネスチャンスの一部しか見えない。重要なのは、ハノイ全体でどのようなインフラが造られ、その結果としてどの産業が伸びるのかを見ることだ。
100年計画から考えられる日本企業の事業機会
今後のハノイでは、大規模な都市インフラ整備が継続する可能性が高い。道路・橋梁、都市鉄道、TOD、物流拠点、新都市、ハイテク産業拠点などが並行して動けば、その周辺には多様な需要が生まれる。
建設・インフラ分野では、建設機械、建設資材、セメント関連、鉄鋼、設備、測量、設計、施工管理などが考えられる。インフラ完成後には、点検、保守、補修、省エネルギー化、デジタル管理といったメンテナンス分野も重要になる。
また、新しい都市拠点に企業と人口が移れば、物流、倉庫、小売、飲食、教育、医療、住宅、オフィスなどの需要も変わる。Hoa Lacを中心とする西部では、科学技術やイノベーションを軸とした成長が想定され、ハノイ市は2026~2035年の戦略技術としてAI、半導体、ロボティクス、都市鉄道技術などを掲げている。
都市計画を見るときには、「何が造られるのか」の一歩先を見る必要がある。そのインフラによって誰が移動し、どの企業が進出し、その結果どの市場が生まれるのか。そこまで見ることで、初めて日本企業の事業戦略につながる。
以下の図表は、100年計画を不動産だけでなく産業需要の観点から見たものである。建設時の需要と、完成後の維持管理・都市サービス需要を分けて考えると、日本企業が参入できる領域を整理しやすい。

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2026~2027年は「買い急ぐ時期」ではなく「調べる時期」
一方、不動産市場については、私は2026年、2027年を慎重に見ている。重要なのは、「不動産向け融資が一律に減っている」と理解しないことである。実際には、2026年6月末時点で不動産事業向け融資残高は2025年末比で増加している。
その一方で、ベトナム国家銀行は2026年の信用管理で、不動産向け信用の伸び率が各金融機関の総信用伸び率を上回らないよう求め、リスク分野への管理を強めている。つまり、資金が完全に止まっているのではなく、案件の法的整備状況や実需、借り手の健全性などを見ながら、より選別的に資金が流れる環境になっている。
私はこの環境を、すぐ売買する時期というより、リサーチに使う時期として見ている。どこに道路ができるのか。橋の工事は実際にどこまで進んでいるのか。鉄道はいつ着工し、いつ利用できるのか。その周辺にどの企業が進出しているのか。雇用は本当に増えているのか。住宅や商業施設の需要は生まれているのか。こうした情報を追い続けることの方が重要である。
「安いから買う」のではなく、将来の需要が生まれる理由を調べる。それが今の段階では大切だと思っている。なお、不動産法制、市場価格、住宅需給、投資判断については論点が多いため、別途2026年版の記事で詳しく整理したい。
「計画→インフラ→企業→雇用→人口」という順番を見る
これからのハノイを考える際、私が特に重要だと思っているのが、成長の順番である。以前の不動産市場では、新しい計画が発表されると、その期待だけで土地価格が先に上昇するケースも少なくなかった。
しかし、本来の都市の成長は、計画が決まり、インフラが整備され、企業が進出し、雇用が生まれ、人が集まり、住宅や商業、教育、医療などの需要が生まれるという順序で進む。私は、「計画→インフラ→企業進出→雇用→人口・生活需要→不動産・都市価値」という順番を見ることが重要だと考えている。
100年ビジョンは非常に大きな計画である。だからこそ、「計画に書いてある」というだけで判断してはいけない。計画のどこまでが実行段階に入り、どこに予算が付き、どこで工事が始まり、どの企業が動き始めているのか。そこまで確認する必要がある。
この図表で重要なのは、「計画」の次にすぐ価格を見るのではなく、インフラ、企業進出、雇用、生活需要という実体経済の変化を順番に確認する点である。100年ビジョンは投資判断そのものではなく、調査対象を絞るための出発点として使うべきだ。

日本企業は「不動産投資」より「自社の事業機会」から見るべきだ
日本企業が100年ビジョンを見る際に、最初に「どこの不動産を買えばいいか」と考える必要はない。むしろ、自社の事業との接点から見る方がよい。
建設機械メーカーであれば、今後どのインフラ工事が動くのかを見る。建材メーカーであれば、橋、道路、鉄道、新都市でどのような材料需要が生まれるのかを見る。設備会社であれば、TOD、新都市、工業団地、オフィス、商業施設などの開発計画を見る。物流企業であれば、新しい環状道路、橋、空港、工業地域の位置関係を見る。小売やサービス業であれば、人口と雇用がどこへ移るのかを見る。
こうして考えると、100年計画は不動産投資家だけの計画ではない。ハノイで事業をしている企業、これからハノイへ進出しようとする企業にとって、自社の10年後を考えるための重要な資料である。
100年先を予測する必要はない。これから10年を見る
「100年ビジョン」と聞くと、あまりにも長い計画に感じるかもしれない。しかし、日本企業が100年後のハノイを予測する必要はない。重要なのは、最初の10年で何が起こるのかを見ることである。
2026年から2035年にかけて、橋、道路、都市鉄道、TOD、新しい都市拠点などの整備が進む。その過程で公共投資が入り、建設需要が生まれる。その後、企業が進出し、人が移動し、新しい消費やサービス需要が生まれる。
私は2026年のハノイを見て、「もっと速く仕事をしなければならない」と感じた。これは、不動産を急いで買うという意味ではない。情報を更新するスピードを上げるという意味である。二年前の交通条件や企業立地を前提に作った事業計画が、2026年にはすでに古くなっている可能性がある。
だからこそ、現地を見なければならない。計画を見る。工事の進捗を見る。企業進出を見る。人の動きを見る。そして、自社の事業にどのような変化が起きるのかを考える。100年計画は未来を保証するものではない。しかし、「ハノイがどこへ向かおうとしているのか」を理解するための非常に重要な地図である。
2026年のハノイで私が感じているのは、街が単に大きくなっているのではないということだ。都市の重心、交通、企業立地、人の生活圏が同時に組み替わろうとしている。この変化をどう事業機会につなげるか。これから10年、日本企業にとって重要なのはそこだと思う。
ONE-VALUEの支援
- ハノイの都市計画・インフラ計画に関する市場調査
- 建設・資材・機械・設備・保守等の関連市場調査
- 進出候補地域の比較、現地視察・ヒアリング
- 顧客・代理店・施工会社・パートナー候補の探索
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外部出典一覧
ハノイ市人民委員会 Decision No.2512/QĐ-UBND(2026年5月13日)
https://xaydungchinhsach.chinhphu.vn/toan-van-quyet-dinh-so-2512-qd-ubnd-phe-duyet-quy-hoach-tong-the-thu-do-ha-noi-tam-nhin-100-nam-119260515164719871.htm
ベトナム政府ポータル「Key figures of Ha Noi’s 100-year master plan」(2026年6月30日)
https://hanoicapital.chinhphu.vn/english/key-figures-of-ha-nois-100-year-master-plan-110260630153507915.htm
ベトナム政府ポータル「Four out of Ha Noi’s seven new bridges over Red River are gradually taking shape」(2026年5月19日)
https://en.baochinhphu.vn/four-out-of-ha-nois-seven-new-bridges-over-red-river-are-gradually-taking-shape-111260519112759782.htm
Hanoi Metropolitan Railway Management Board「Nghị quyết số 40/NQ-HĐND」(2026年)
https://mrb.hanoi.vn/nghi-quyet-so-40-nq-hdnd-hoan-thien-hanh-lang-phap-ly-de-tang-toc-phat-trien-mang-luoi-duong-sat-do-thi-cua-thu-do-62.html
VNBA「On the management of credit growth in 2026」(2026年1月14日)
https://vnba.org.vn/en/on-the-management-of-credit-growth-in-2026-20531.htm
Vietnam News「Bank credit for real estate business rises to nearly $94.7 billion」(2026年8月25日)
https://vietnamnews.vn/economy/1798207/bank-credit-for-real-estate-business-rises-to-nearly-94-7-billion.html
ベトナム政府ポータル「Ha Noi announces list of nine groups of strategic technologies」(2026年8月15日)
https://hanoicapital.chinhphu.vn/english/ha-noi-announces-list-of-nine-groups-of-strategic-technologies-110260815084626434.htm
