ベトナム再生可能エネルギー市場の現状と日系企業の需要
ベトナムでは、FDI企業や日系企業を中心に、再生可能エネルギーの導入ニーズが急速に高まっている。その背景には、グローバルサプライチェーン全体での脱炭素化に加え、本社、海外顧客、投資家から求められるESG対応がある。
製造工場では、電力使用に伴う間接排出量が、温室効果ガス排出量の大きな割合を占める場合がある。そのため、再生可能エネルギーを安定的に調達できるかどうかは、単なる環境対策ではなく、ベトナムにおける投資判断、工場運営、競争力の維持に関わる重要な経営課題となっている。
ただし、再エネの調達手段を電力単価だけで判断することは適切ではない。工場ごとに、電力調達スキーム、法的要件、系統接続条件、工業団地内の電力供給体制、実際の負荷特性を確認する必要がある。
現在、主な選択肢として、次の二つが挙げられる。
- 工場に屋根置き太陽光発電設備を設置し、自家発電・自家消費する方法
- 再生可能エネルギー発電事業者と直接電力購入契約(DPPA)を締結する方法
いずれも再生可能エネルギーの使用比率を高める手段であるが、電源の所在地、送配電設備、契約構造、決済方法、環境価値の帰属が異なる。そのため、単純な二つの代替案として扱うのではなく、それぞれの事業性とリスクを個別に評価する必要がある。
2025年3月3日に公布された政令57/2025/NĐ-CP号と政令58/2025/NĐ-CP号は、それぞれDPPA制度と再生可能エネルギーの自家発電・自家消費制度に関する法的枠組みを定めている。その後、2026年6月26日に施行された政令243/2026/NĐ-CP号により、参加対象の拡大、取引条件の柔軟化、一部手続きの簡素化などを中心とする改正が行われた。

新たな法的枠組みによって何が変わったのか
政令243号は、政令57号と政令58号を全面的に置き換えるものではない。既存制度のうち、実務上の導入を制限していた一部の規定を修正するものである。製造企業にとっては、次の四点が特に重要である。
第一に、DPPAへの参加対象が拡大された。大口需要家に加え、工業団地、経済区、輸出加工区、産業クラスターなどで事業を行う電力小売事業者も、所定の条件を満たせば参加できるようになった。これは、電力会社から直接電力を購入せず、工業団地内の電力小売事業者から供給を受けている工場にとって、重要な変更である。
第二に、国家電力系統を利用するDPPAの対象が、生産活動を行う大口需要家、データセンター、EV充電ステーション、充電器、バッテリー交換設備の運営事業者まで拡大された。対象となる需要家は、電力消費量に関する条件を満たし、22kV以上の電圧で接続する必要がある。
第三に、屋根置き太陽光の余剰電力について、売電可能な割合が引き上げられた。自家発電・自家消費制度では、通常、日射量に基づいて算定される発電量の50%を上限として、余剰電力を合意により売買できる。
さらに、接続地点の系統に受入余力があり、安全な運用を確保できる場合には、2030年12月31日まで、50%を超える余剰電力の売電が認められる可能性がある。改正前の一般的な上限は20%であった。
第四に、専用電力網の所有者と工業団地内の電力事業者の役割が明確になった。これにより、太陽光発電設備、電力需要家、接続地点の所有者が同一ではない案件についても、事業スキームを検討しやすくなっている。
| 比較項目 | 屋根置き太陽光 | DPPA |
| 主な目的 | 工場内で再エネ電力を自家発電する | 再エネ発電事業者から長期的に電力を調達する |
| 電源 | 工場や事業所の屋根に設置する太陽光設備 | 原則として工場外にある再エネ発電設備 |
| 電力の使用方法 | 敷地内で優先的に消費し、条件を満たせば余剰分を売電する | DPPA契約に基づいて電力を調達する |
| 主な適用条件 | 屋根の使用権、構造上の耐荷重、接続条件を満たすこと | 法令上のDPPA参加条件を満たすこと |
| 主な確認事項 | 負荷、屋根面積、建物構造、接続条件、余剰電力の処理 | 消費電力量、参加資格、発電事業者、価格・契約スキーム |
| 主なメリット | 昼間の電力コストを削減し、電源調達の自主性を高められる | 大規模な再エネ調達により、ESG・脱炭素目標に対応できる |
| 主な制約 | 屋根面積、実際の負荷、系統の受入可能容量に左右される | 契約、決済、市場価格リスクの管理が複雑になる |
| 適している企業 | 広い屋根と安定した昼間負荷を持つ工場 | 電力需要が大きく、中長期的な再エネ戦略を持つ企業 |
| 準備の重点 | 屋根使用権、接続、設置容量、消防・防火、運用体制 | 参加条件、契約構造、価格、環境価値、ESG上の取扱い |
屋根置き太陽光の導入前に確認すべき事項
屋根置き太陽光とは、工場、オフィス、倉庫などの屋根に太陽光パネルを設置し、太陽光から電力を生み出すシステムである。発電した電力を敷地内で優先的に使用することにより、系統から購入する電力量を減らし、電力コストと二酸化炭素排出量の削減につなげられる。
仕組み自体は分かりやすいものの、契約締結後にパネルを設置するだけで導入できるわけではない。実施前に、電力負荷、屋根の使用権、設備の所有形態、系統接続条件、余剰電力の処理方法を一体的に確認する必要がある。
電力負荷、設置容量、余剰電力
設置容量は、当該施設の実際の電力需要に合わせて設定する必要がある。昼間の負荷を大きく上回る設備を設置すると余剰電力が増加するが、その全量を売電できるとは限らない。
低圧・中圧系統に過負荷を生じさせるおそれがある場合、電力事業者は余剰電力の購入を拒否できる。そのため、売電上限が原則50%に引き上げられ、一定の条件下で2030年末まで50%を超える売電が可能になったとしても、企業が当然に当該割合まで売電できるわけではない。
屋根の使用権と設備所有モデル
日系企業の多くは、工業団地内で自社工場を所有するのではなく、賃貸工場を利用している。この場合、既存の賃貸借契約では、太陽光設備の設置権、屋根の利用権、設備撤去後の原状回復責任が明確に定められていないことがある。
少なくとも、次の事項を確認する必要がある。
- 屋根および建物構造について法的権利を持つ当事者
- 屋根の使用可能期間と電力契約期間との整合性
- 屋根の破損や漏水が発生した場合の責任主体
- 太陽光発電設備が建物に付属する資産として取り扱われるか
- 投資事業者や運営事業者による屋根への立入り権限
- 工場賃貸借契約の終了時における設備の取扱い
工業団地特有の条件
工業団地では、工場所有者から承諾を得るだけでは十分ではない。企業は、電力小売事業者および専用電力網の所有者とも協議し、接続地点、接続可能容量、計量方法、運用責任を確認する必要がある。
政令243号により、専用電力網の所有者による余剰電力の購入や、工業団地内の電力小売事業者による一部DPPAモデルへの参加について、法的根拠がより明確になった。
ただし、電力網の利用料金、計量地点、送電損失、運用責任、工業団地全体の容量制限については、関係者間で別途合意する必要がある。
DPPAは大口電力需要家に適した選択肢となるか
DPPA(Direct Power Purchase Agreement)とは、従来の電力小売事業者からの購入だけに依存せず、再生可能エネルギー発電事業者と大口需要家が直接電力取引を行う制度である。
企業はDPPAを通じて、再エネ発電事業者から中長期的に電力を調達できる。ただし、導入を検討する際には、専用送電線を利用するDPPAと、国家電力系統を利用するDPPAを明確に区別する必要がある。
専用送電線を利用するDPPA
この方式では、再エネ発電設備から需要家まで、専用送電線を通じて電力を直接供給する。電力価格は、売り手と買い手が交渉して決定する。再エネ発電だけでは不足する電力については、電力会社または工業団地内の電力小売事業者から引き続き購入できる。
発電設備と需要家との物理的な電力供給関係が比較的明確であることが、この方式のメリットである。一方、実現可能性は、発電設備と工場との距離、土地使用権、送電線の建設費用、工業団地内の電力網利用条件、電力事業許可などに大きく左右される。
国家電力系統を利用するDPPA
この方式では、発電事業者が電力をスポット市場で販売し、需要家は従来どおり電力会社から電力を購入する。これと並行して、需要家と発電事業者が電力先渡契約を締結し、合意価格と参照価格との差額を精算する。
これは、特定の再エネ発電所から需要家の工場へ、物理的に電力を直接送る仕組みではない。電力市場における取引と、発電事業者・需要家間の金融的な差額決済契約を組み合わせた仕組みである。
そのため、企業は、市場価格の変動、実際の発電量、自社の消費電力量、差額決済方法を総合的に評価する必要がある。
サムスンの事例から得られる示唆
Samsung Electronics Vietnam Thai Nguyen(SEVT)の事例は、DPPAが法制度上の枠組みから、実際の取引段階へ移行したことを示している。SEVTは2026年6月、国家電力系統を利用するDPPAを締結し、ベトナムで同制度による再エネ調達を正式に開始した最初の企業となった。
サムスンによると、対象となる電源は、設計出力49MWp/41.4MWAcのĐức Huệ 2太陽光発電所である。SEVT向けの年間供給量は約70GWh、年間のCO₂排出削減効果は約4万6,000トンと見込まれている。
この事例から、日系企業にとって次の三点が示唆される。
- 国家電力系統を利用したDPPAには、すでに実際の導入事例がある
- 導入には、発電事業者と需要家だけでなく、複数の関係者との調整が必要である
- DPPAは、大規模かつ安定した電力負荷を持ち、長期電力契約を管理できる企業に適している
調達方法の選定前に企業が準備すべき事項
法務・契約
- 投資登録証明書、土地賃貸借契約、工場賃貸借契約の確認
- 屋根の使用権および建物への設備設置権の確認
- 賃貸借期間とPPA予定期間との整合性の確認
- 太陽光発電設備の所有者の特定
- 契約終了時における設備所有権の取扱い
- プロジェクト譲渡や工場所有者変更に関する条件の確認
- 建設、環境、電気安全、消防・防火に関する責任分担
- 発電停止または工場負荷低下時の補償方法
技術・系統接続
- 時間別または検針周期別の電力消費データの収集
- 昼間、週末、祝日の負荷の把握
- 屋根面積、構造、残存耐用年数の評価
- 実際の負荷に適した設置容量の算定
- 接続電圧と接続地点の確認
- 系統による余剰電力の受入可否の確認
- 双方向電力量計、監視・制御設備の要件確認
- 蓄電システム導入の必要性の検討
- 運用、保守、事故・障害対応手順の合意
商務・ESG
商務面では、1kWh当たりの単価だけを比較するのではなく、契約期間全体の総コストを確認する必要がある。価格調整方法、最低購入量・供給量、出力抑制リスク、電力網利用料金なども含めて評価することが重要である。
また、再生可能エネルギー証書と環境価値を利用する権利についても、明確に確認する必要がある。再エネ発電所から電力を購入しただけで、その全量を自社の排出量報告に計上できるとは限らない。環境価値が別の当事者へ移転している場合には、二重計上を避けるための確認が必要である。
ベトナム国内に複数の工場を持つ企業グループでは、複数の調達手段を組み合わせる方法も有効である。例えば、昼間の負荷には屋根置き太陽光を利用し、残る大口需要にはDPPAを適用した上で、不足分を系統電力で補う方法が考えられる。
したがって、全社に同一の契約を一律に適用するのではなく、工場ごとの条件に基づいて、再エネ調達ポートフォリオを構築することが重要である。
結論:制度の有無から、実際の導入可能性を検証する段階へ
政令57号、政令58号、政令243号により、ベトナムにおける再エネ調達の選択肢は拡大した。屋根置き太陽光では余剰電力の売電条件が柔軟になり、DPPAでは最初の実取引が開始された。また、工業団地内の電力小売事業者の役割も、以前より明確になっている。
一方で、「制度が整備されていること」と「すべての工場で実際に導入できること」は同じではない。導入の可否は、主に次の五つの条件によって決まる。
- 当事者の法的資格
- 屋根と電力インフラの利用権
- 工場の電力負荷と設置容量
- 系統接続および受入可能容量
- 契約構造とESG上の環境価値の取扱い
そのため、日系企業にとっては、次の手順で検討を進めることが重要である。
- 再エネ調達目標と排出削減要件を明確にする
- 工場ごとの電力負荷データを分析する
- 法的条件、屋根、工業団地内のインフラを確認する
- 屋根置き太陽光、専用送電線型DPPA、国家電力系統型DPPAを比較する
- 財務モデルを構築し、契約リスクを分析する
- 工業団地事業者、電力事業者、エネルギー事業者と協議する
- 事業化の可能性を確認した上で、投資事業者の選定またはPPAの締結を行う
ベトナムでは政策変更が続いており、再エネの調達モデルごとに、法務、技術、商務上の要件も異なる。そのため、日系企業には、制度に関する情報を収集するだけでなく、自社工場で実行可能な調達スキームへ具体化するための検討が求められる。
ONE-VALUEは、日越企業間の橋渡し役として、市場情報の提供にとどまらず、各企業の条件に即した「実行可能な調達方法」の策定を支援する。再エネ事業の機会が広がるなか、十分な投資効果を確保するためには、初期段階から適切なスキーム、パートナー、導入手順を選定することが重要である。





