ベトナムにおける日系企業の脱炭素化を取り巻く背景
脱炭素化とは、エネルギー転換やエネルギー効率の向上、炭素吸収などを通じて、大気中に排出される二酸化炭素(CO₂)を削減、または実質的にゼロにする取り組みである。
これまで脱炭素化は自主的なESG活動とみなされていたが、現在は取引継続の条件になりつつある。
ベトナムで事業を展開する日系企業は、ベトナム政府のネットゼロ方針、日本本社・顧客のScope 3対応、サプライヤー選定基準の変化に同時に対応する必要がある。

製造業が押さえるべき最新規制
製造業が確認すべき規制は、環境許可、温室効果ガス、エネルギー効率、再エネ調達に集約される。いずれも工場の操業データを基礎とするため、個別対応ではなく、統合的なコンプライアンス管理が必要である。
環境許可、排水、排ガスおよび廃棄物
2020年環境保護法および施行規則は、環境影響評価、環境許可、排水、排ガス、騒音、廃棄物管理など、製造業が遵守すべき基本要件を定めている。
工業団地内に入居していても、デベロッパーの環境許可だけで入居企業の手続きが免除されるとは限らない。必要な対応は、事業内容、規模、技術、排出源、承認済み書類によって異なる。
一般的に、工業団地は共用環境インフラを管理し、入居企業は発生源での排水前処理、排ガス、廃棄物の分類・保管・引渡しを管理する。
温室効果ガスインベントリとカーボン市場
温室効果ガス排出削減の枠組みは、政令第06/2022/NĐ-CP号を基礎とし、その後の改正政令によって一部調整されている。
対象事業所は、単に報告書を提出するだけでなく、追跡・検証可能な排出量データ管理体制を整える必要がある。
将来的には、排出量データが環境報告だけでなく、排出枠やカーボンクレジット取引にも関係する可能性がある。
省エネルギーおよびエネルギーの効率的利用
省エネルギー・効率的エネルギー利用法の改正により、2026年以降、エネルギー管理、監査、省エネ投資の重要性が高まっている。
屋根置き太陽光発電とDPPA (Direct Power Purchase Agreement)
政令第243/2026/NĐ-CP号により、DPPAと再生可能エネルギー開発に関する制度が改正され、クリーン電力調達の選択肢が広がっている。
屋根置き太陽光では、自家発電・自家消費を基本としつつ、条件を満たす場合に余剰電力の売電範囲が拡大される可能性がある。
DPPAは、一定条件を満たす需要家が再エネ発電事業者から直接電力を購入する制度であり、専用線または国家電力系統を通じて取引される。
導入時は、参加要件、決済構造、インバランス対応、再エネ属性の計上可否を確認する必要がある。
つまり、屋根置き太陽光は発電設備、DPPAは再エネ電力を購入する制度であり、目的と確認事項が異なる。
工業団地と入居企業の責任分担を明確にする必要性
実務上のリスクは、意思決定権、資産の使用権および運営責任が契約で明確に定められていない場合に生じやすい。
特に、土地やレンタル工場を賃借している場合、または屋根を第三者が所有している場合には、責任と権利の整理が重要となる。
| 項目 | 工業団地デベロッパー・工場所有者 | 入居企業 |
| 集中排水処理インフラ | システムを整備・運営し、処理能力を維持する | 排水を前処理し、接続基準を遵守して利用料金を支払う |
| 工場内の廃棄物 | 合意がある場合は共通サービスを提供する | 分類、保管、引渡しおよび関連書類を管理する |
| 発生源での排ガス | インフラおよび建設条件について協力する | 生産活動に応じて排ガスを管理・測定し、必要な手続きを行う |
| 温室効果ガスインベントリ | 管理対象となるインフラ、電力、サービスのデータを提供する | 対象事業者に該当する場合、データを収集して報告する |
| 屋根の使用権 | 所有権および設置許可を与える権限を確認する | 法的な使用権と必要な承認を得た場合に限り設備を設置する |
| 太陽光発電・BESS | 資産の使用範囲と共用インフラへの接続を承認する | 技術評価、契約締結および法令に基づく運用を行う |
| 賃貸借終了時の資産処理 | 資産の引受けまたは撤去を要求する条件を定める | 契約に従い、撤去費用と撤去義務を負担する |
工場の賃貸借契約を締結または更新する際、企業は少なくとも以下の条項を明確にする必要がある。
- 屋根を使用、転貸または活用する権利
- 太陽光パネル、インバーター、BESSおよび計測機器の所有権
- 屋根の補強、修繕および防水に関する責任
- 火災、電気事故または生産停止が発生した場合の責任
- 保守点検のためにシステムへ立ち入る権利
- 入居企業が変更された場合のPPAの譲渡可否
- 賃貸借契約終了時における設備の処理方法
- 電力データおよび再生可能エネルギー属性の利用権
- 許認可申請および電力関係機関との調整責任
これらの事項は、PPAへの署名や設備の発注前に確認すべきである。
システムの設計後に契約上の問題が判明した場合、設備容量の変更、導入期間の長期化、さらには設備を運転開始できない事態につながる可能性がある。
なお、PPA(Power Purchase Agreement)とは、売電事業者と電力需要家との間で締結される電力購入契約の総称である。
オンサイト太陽光PPAとは、その一種であり、第三者が需要家の工場や倉庫に太陽光発電設備を設置し、発電した電力を当該需要家に販売する契約である。
日系企業が脱炭素化で直面する課題
既存工場の脱炭素化では、技術、コスト、導入期間、排出削減実績の計上という四つの課題を総合的に確認する必要がある。屋根面積や設備価格だけで判断すると、導入後に契約・安全・データ管理上の問題が生じる可能性がある。
技術面では、屋根の耐荷重、腐食、残存耐用年数、変圧器容量、消防・保守動線を事前に確認することが重要である。コスト面では、パネルやインバーターだけでなく、構造補強、屋根交換、受変電設備改修、操業停止リスクも含めて投資効率を評価する必要がある。
また、導入には技術調査、所有者との合意、設計、社内審査、契約、関連手続きが必要となるため、顧客から再エネ比率の提出を求められてからでは間に合わない場合がある。さらに、計測データ、再生可能エネルギー属性、証書の権利関係を明確にしなければ、削減実績として認められない可能性がある。
脱炭素化と再生可能エネルギー調達の選択肢
脱炭素化には単一の最適解はない。企業は、省エネルギー、屋根置き太陽光、オンサイトPPA、DPPA、BESS、再生可能エネルギー証書を、工場条件と顧客要求に応じて組み合わせる必要がある。
| 選択肢 | 仕組み | 適しているケース | 主なメリット | 確認すべき制約 |
| 省エネルギー | 運転方法の最適化や低効率設備の更新 | 多くの工場、特に老朽化した工場 | 電力消費、コスト、排出量を直接削減できる | 削減量は既存設備の状態に左右される |
| 自社投資型の屋根置き太陽光発電 | 企業が設備を投資・所有し、発電した電力を自家消費する | 屋根使用権があり、日中負荷が高く、長期間操業する工場 | 設備とオンサイト電源を自社で管理できる | 資金、適切な建物構造、運営能力が必要 |
| オンサイト太陽光PPA | 第三者が投資し、工場が発電電力を契約に基づき購入する | 初期投資を抑えたい工場 | 設備費用の全額を自社負担する必要がない | 長期契約、屋根使用権、早期解約条件の確認が必要 |
| DPPA | 法制度に基づき、再生可能エネルギー発電事業者から直接電力を購入する | 参加要件を満たし、電力負荷が大きく、屋根面積が不足する企業 | 工場外の再生可能エネルギー源にアクセスできる | 契約・決済構造が複雑 |
| BESS | 電力を蓄え、別の時間帯に使用する | 負荷変動が大きい工場、太陽光発電導入済みの工場、ピーク電力を管理したい工場 | 自家消費率の向上と負荷管理に役立つ | コストと安全要件が高く、BESS自体は再生可能エネルギーを生み出さない |
| 再生可能エネルギー証書 | 再生可能エネルギーの環境価値を購入する | 再生可能エネルギー目標への早急な対応が必要な企業 | 工場改修を伴わず、短期間で導入できる | 電力消費量を直接削減するものではなく、二重計上を避ける必要がある |
| 工業団地を通じたグリーン電力 | 工業団地が電力調達サービスまたは仕組みを提供する | 屋根使用権を持たない入居企業 | 自社単独での投資負担を抑えられる | 工業団地ごとの能力と制度に依存する |
既存工業団地と新設工業団地の脱炭素対応力を比較
新設工業団地は、計画段階からグリーンインフラを組み込める点で有利である。ただし、新しい工業団地であっても、環境対応力や再エネ調達サービスが十分とは限らないため、実際の提供能力を確認する必要がある。
| 評価項目 | 既存工業団地 | 新設工業団地 |
| 電力インフラ | 既存設計や現在の設備容量による制約を受ける可能性がある | 計画段階から必要な設備を組み込める |
| 屋根置き太陽光発電 | 屋根の構造、残存耐用年数、使用権に左右される | 適切な屋根構造と接続設備を当初から設計できる |
| BESS | 設置スペースと安全設備を確保しにくい | 専用設置エリアを計画できる |
| DPPA | 既存の電力契約と計測インフラに左右される | 計測・運営モデルを当初から準備できる |
| データ管理 | データが分散し、統一されていない可能性がある | 集中型エネルギー管理システムを導入できる |
| コスト | 大規模な改修費用が発生する可能性がある | 初期設計に必要コストを組み込める |
| 導入期間 | 調査とシステム改修が必要となり、長期化しやすい | 設計に組み込まれている場合、比較的導入しやすい |
| 契約上の責任 | 既存契約に再生可能エネルギー関連条項がない場合がある | 賃貸借契約に当初から明記できる |
既存工業団地に入居する企業も、段階的に排出量を削減することは可能である。新設工業団地への入居を検討する場合は、エネルギーと環境に関する条件を立地選定基準に組み込む必要がある。
日系企業が実施すべき八つのステップ
脱炭素化は、太陽光発電の導入可否だけで判断すべきではない。自社に適用される法的義務、排出量の現状、工場条件、顧客要求を整理したうえで、段階的なロードマップを策定することが重要である。
- 環境許可、温室効果ガスインベントリ、重点エネルギー使用施設、EPRなどの適用義務を確認する。
- 親会社・顧客が求めるScope 1、Scope 2、Scope 3、証書、検証要件を整理する。
- 12カ月分の電力、燃料、冷媒、生産量データを集め、排出量のベースラインを設定する。
- 省エネルギー余地を確認し、短期で効果が出やすい改善策を優先する。
- 屋根、電力インフラ、消防条件、賃貸借契約、資産使用権を確認する。
- 屋根置き太陽光、オンサイトPPA、DPPA、BESS、再エネ証書を同じ基準で比較する。
- 短期はデータ整備と省エネ、中期は再エネ調達、長期は工場移転・新設時の脱炭素要件化を進める。
- 計測体制と証書・環境価値の権利関係を明確にし、削減実績を検証可能な形で管理する。
ワンバリュー(ONE-VALUE)がベトナムでの日系企業の脱炭素ロードマップ策定を支援
ベトナムで脱炭素化を進めるには、環境法令、電力市場、工業団地の条件、工場の操業状況を総合的に把握する必要がある。
ワンバリュー(ONE-VALUE)は、規制・市場調査、工業団地比較、再エネ関連パートナー選定、実施計画策定を通じて、日系企業の脱炭素ロードマップ策定を支援する。
まとめ
環境規制への対応と脱炭素化は、ベトナムの製造業にとって同時に取り組むべき課題となっている。
すべての工場に適用できる単一の解決策は存在しない。投資判断は、以下の五つの要素に基づいて行う必要がある。
- 法的義務
- 技術的条件
- 費用対効果
- 導入期間
- 排出削減実績としての計上可能性
屋根置き太陽光発電は、建物構造、日中の電力負荷、使用期間の条件が整う工場に適している。DPPAは、一定の条件を満たす大口需要家にとって有力な選択肢となる。BESSは電力管理を支援するが、それ自体が再生可能エネルギーを生み出すものではない。再生可能エネルギー証書は短期的な目標達成に活用できるものの、実際のエネルギー消費量や排出量の削減に代わるものではない。
また、工業団地デベロッパー、工場所有者、エネルギー事業者、入居企業の間で責任を明確に分担することも不可欠である。
日系企業が脱炭素化の検討を始めるべきタイミングは、顧客から対応を求められた後ではない。工業団地の選定時、工場の賃貸借契約を締結する時点、または工場投資計画を策定する段階である。
早期に準備を進めることで、コンプライアンスリスクを抑え、既存の受注を守るとともに、長期的な移行コストを管理しやすくなる。

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